この場所を思い出にしないで


真っ白な雪が降る中で、遠くに貴女の影を見た。
僕は去年この場所で貴女に出会い、それ以来貴女と会う事もない。
何もかもが昨日のように思い出せるのに、まるで夢を見ていたようでまだ僕に現実味を感じさせない。
貴女はまだ、あの日の事を覚えている?



去年の今日に、こんな所に人がいるなんて思わなかった僕は、ワインボトルを持ち込んで随分前に別れた友達と飲んでいた。
日も暮れて雪が降る中、僕はただワインを飲み続けた。
そんな時、貴女は暗い闇の中から抜け出したようにそっと現れた。
長い黒髪、黒いロングコートを着た貴女。
まるで何も目に映らないかのようにふらふらとした足取りで彷徨う貴女。
片手には雪が少し積もった花束。
この人も、行く所がないのだろうとぼんやりと思った。
ある墓石の前でしゃがみ込んで、うつろな目をして花束を置く貴女。

動こうとすらしない貴女の背に、あの時何故話しかけたのだろう。

「ここに貴女の大切な人が、眠っているんですか?」
驚いたように顔を上げてから、少し目を伏せて頷いてくれた。
「すみません、まさかクリスマスに墓参りに来る人がいると思わなくて・・・まあ、僕もなんですけど」
友達の墓石の前に置いたワインを取り、貴女に勧めた。
「ここにいたいなら、少し付き合ってくれませんか?」
「・・・変わった人ね、あなた」
初めて、笑った。

僕の友達もここに眠っている事を告げ、行く所も無くて久々に会いにきた事を教えた。
彼女も少し困ったように笑って、「私も同じなの」とワインを口にした。
彼女の表情を見て、きっと眠っている人は友達よりもずっと深い関係にあった人なのだろうと感じた。

白い雪の中で、貴女の黒とワインの赤だけがくっきりと浮かんでいて。

とても幻想的だった。

笑っていても、飲んでいても、彼女は涙を堪えているようにしか見えない。
それが余計に、神秘的な雰囲気を醸し出しているのだろうか。
貴女がどれ程その人を想っていたのか僕にはわからないよ。
でも、貴女が今、その人を想って泣きそうなのは僕にもわかるよ。

でも僕には、貴女にかける言葉すらないんだ。


「少しだけ、私の話にも付き合ってもらえる?」
彼女が僕の方に向き直って、グラスを両手で握り締める。
僕がゆっくり頷くと、グラスに焦点を合わせたまま、呟くように語り始めた。





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