前からずっと知ってたよ


私には年の離れた弟がいます。
彼はまだ幼くして難病にかかり、入退院を繰り返してきました。
治る見込みは殆どなく、現代の医療では完治は難しいとさえ言われました。

私にとって、たった一人の弟です。
まだ、ほんの小さな子供なんです。

治らないなんて、言わないで。
まだ歩み始めたばかりの彼の未来を奪わないで。
私に出来る事ならなんでもします、どうか彼を連れて行かないで。
家族みんなで弟を助ける事を誓い、私達はずっと彼の病状を見守ってきました。
どうか、このままいい方向に向かいますように。
それがいつも寝る前にする秘密のお願い事でした。


それから数年経って、弟は何とか学校と病院を行き来して生活しています。
私は高校卒業後すぐに社会に出て勤め始め、医療費工面の足しにしています。
父は会社、母はパートでそれぞれ働いています。
弟は激しい運動をする事が出来ないけれど、天文学部に入ってから楽しそうにしています。
いつ悪化してもおかしくない病気でしたが、幸い弟は高校に入る事が出来ました。
昔からの友達も、新しく出来た友達も、弟を理解してくれるいい人ばかりでした。
勿論、学校全体が理解している訳ではないし、それなりに辛い思いをしているのも知っています。
でも、それでも。
せめて、この学校を卒業するまで持ってくれれば。
楽しそうに部活の話をする弟を見る度、そう思わずにはいられませんでした。

夏休みに入ってすぐ、弟は検査入院に入りました。
長年弟を見てきた私は、検査入院というのは名前だけだとすぐに悟りました。
それでも、たとえ始業式に間に合わなくても。
彼がまた学校に戻れる事だけを祈りながら、毎日弟を見舞いました。

「外暑いけど、病院の中はどう?暑くない?」
「暑くも寒くもない、ってところかなぁ。それより姉ちゃんさ、頼んでた本持って来てくれた?」
ベッドに暇そうに横たわる弟は、とても治る見込みのない病気にかかっているとは思えません。
私は鞄から数冊の本を取り出し、そっと彼のサイドテーブルに置きました。
「天文学に関する本、結構難しそうなのばっかりだったけど・・・大丈夫?」
「難しいくらいでいいよ、どうせしばらく暇なんだから」
嬉しそうに本を眺める弟。
しばらく暇だなんて、言わないで?
「馬鹿ね。いくら検査入院中でも、宿題とかやっておかないと後で大変な目に遭うんだからね」
私が本を見つめながら言った一言に、弟は弾かれたように顔を上げました。

「姉ちゃん本気で言ってんの?・・・俺だってもうわからない程子供じゃないから」
凛とした瞳の輝きを見て、彼は全てを理解しているのだと悟りました。
昔から入退院を繰り返し、病院通いを続けた彼が、気付かないはずがないでしょう。
検査入院という名目で、長期入院している事を。
そして、急にそんな嘘をついたと言うことは、決して状態がよくないという事を。



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