◇その1◇

「…というわけなんだけど、あの二人をここに呼んでもいいかな?」
「むろん、大歓迎だ。できるだけのことをして歓待したい。」
「じゃあ、明日の朝、さっそく。で、それはそれとして……」
「ん…」
初秋の夜が更けていった。

朝食のあと、ミロとカミュがフロントに立ち寄った。
「おはようございます、ミロ様、カミュ様。」
宿泊客にはただでさえ丁寧な挨拶をする辰巳は、この二人が黄金聖闘士だとわきまえているのでことさらに腰が低い。この日本ではごく普通の外人客に見えるが、ひとたび聖域に帰れば下位の者からは遥かに仰ぎ見る存在なのをよく知っているのだ。むろん辰巳は、二人にはそんなことは悟らせもしない。特別扱いにされるのをミロとカミュが好まないのはとうの昔にわかっている。
「おはよう。 明日の午後から二名来るけど頼めるかな?滞在期間は決まってないんだけど。」
「はい、よろしゅうございます。殿方でいらっしゃいますか?」
今までに二人のところにやって来た客はすべて男性ばかりだが、いちおう確認するのが決まりである。品行方正なことは折り紙つきの聖闘士でも、そこは年頃の若い男性だ。いつ女性の客が来ても不思議はないというものだろう。
むろん、そんなことを考えられていると知ったら、二人とも絶句するのは目に見えている。
「うん、むろん男だ。背格好は俺たちとたいして変わらないはずだから浴衣も同じのでいいと思う。好き嫌いは……う〜んと、わからないけど、俺たちと同じでいいから。ギリシャ語しか喋れないと思うけどいつも一緒にいるから問題ないと思うし、何かの時には例の翻訳機を借りるので。」
「もしかしたらラテン語を話せるかも知れぬ。」
「そうかもしれないけど、この場合は役に立たないんじゃないのか?この日本で誰がラテン語で会話できるんだ?」
せっかくのカミュの助言だが、明日も役に立たない知識のような気もする。現代日本では、ヨーロッパ知識階級の必須条件であるところのラテン語はトリビアにさえならないのだ。
しいて言えば、アニメ聖闘士星矢の第64話 「少年よ!君たちにアテナを託す」 を見ているときに星矢並みにアイオロスの遺言のラテン語が読めて有利なことくらいのものだろう。
「承りました。のちほど寝具のご用意をさせていただきますので、お部屋にお伺いいたします。」
「じゃあ、よろしく。」
こうして準備は整った。