◇その24◇

柔らかい灯りが仄かに部屋の中を照らしている。床の間付きの十畳間に敷かれた布団は中央に寄せられて、お馴染みの二つの影が寄り添っていた。
「ミロ…」
「ん……」
ミロが積極的でないのはカミュにも容易にわかる。昨夜は隣にカルディアたちがいたにも関わらず手を出してきたのに比べるといかにも不自然だ。
「なにか気になることでも?」
「いや、そういうわけじゃないけど。」
「今日は控えるか?私はそれでも…」
「やだっ、それはもったいない。せっかくの夜なのに!」
急なキャンセルでほかの離れを借りられるのは二晩だけだ。その後はまた襖の向こうにカルディアたちが戻ってくる。カミュの性格としてはその状況でミロと睦み合うことは耐えられないだろう。

   今度こそ思いっきり拒否されるのは目に見えてるからな
   しかし、カルディアたちが俺たちの存在に目をつぶって敢行したらどうする?
   う〜ん、こっちのほうも蛇の生殺しとか?俺は蠍だけど

「とりあえず今夜と明日の晩だけだからな。うん、大事に使わなきゃ。」
「それなら……ミロ…」
そうしてどれほど時間が経ったろう。突然、床の間に置いてある電話が鳴った。ミロの気分としてはあらかじめ枕元に電話を置いておきたかったのだが、理由を説明しないわけにもいかないし、そうすればそうしたで、気にしたカミュが今夜は自重すると言い出しそうでそれもできかねたのだ。電話が来ないことを祈っていたが、それは叶わなかった。
「…っ!」
慌てたミロがいきなり身体を起こして床の間に突進したので危うくカミュの腕につまづくところだった。
「おっと…!すまんっ!………はい、もしもし?……え?そんなはずは………ほんとに?……わかった、すぐに行く。……うん、それがいい、そうしてくれ。それじゃ。」
受話器を置いたミロがごそごそと浴衣を着込んだ。
「どうしたのだ?カルディアからか?」
「うん、カルディアだ。ちょっと行ってくる。」
「まさか、心臓か!?」
半身を起こしたカミュが浴衣に手を伸ばす。
「いや、心臓は大丈夫だ。平気な口調だったし。ちょっとした用事だよ、すぐ戻る。」
そう言ったミロがこっそりため息をついて玄関を出て行った。

いったんホールまで行ってからカルディアたちの泊まっている離れへ向かい、玄関の格子戸をそっと開けると電話で聞いた通りに式台にちょこんと小ぶりの瓶が置いてある。手渡したのはミロだからよく知っている品物だ。

   まさか開けられないとは思わなかったぜ、画竜点睛を欠くとはこのことか

苦笑しながらスクリューキャップを開けるとプラスチックのプルタブ中栓がはまっていた。なんということもない代物だが、カルディアにはハードルが高すぎたらしい。
小さめのプルタブには小指しか入らず、中身のオイルをこぼさないように慎重に力をかけてそっと引き剥がすことに成功した。
襖の向こう側にいるらしいカルディアに小さい声で 「OKだ。」 と声をかけてから足音を忍ばせて玄関を出て静かに戸を閉める.。五、六歩ほど歩くと後ろで鍵をかける音がした。

   カミュになんて言うかなぁ……
   いや、それよりカルディアはデジェルになんて説明するんだ??

まさに佳境に入らんとするときになぜか慌て始めた様子のカルディアがミロに電話をかけたことをなんと言い訳するのだろう?洗面台にも電話はあるが、静かな深夜では話し声は筒抜けだろう。
「おい、蓋が開かないんだが。…………いや、くるくる回す蓋はもちろん開けられたがその中の白いプラスチックの蓋の開け方がさっぱりわからん。あれはどういう仕組みなんだ?使えなくちゃ意味がないだろう。開けに来てくれるか?………わかった、それじゃ、玄関を入ったら見えるところに置いておくから。よろしく頼む。」
受話器から流れてきたカルディアの言葉を反芻しながらホールに入ったミロが指にはまったままのプルタブを屑篭に捨てた。こういうものを自分たちの離れで捨てるとカミュは必ず気付く。その結果、「これはなんだ?」 と問い詰められて全てを告白させられるのがオチだろう。

   こっちも中断したしな………
   気分をそがれたから、今夜はもう無理かな
   プルタブがなくてもやっぱり問い詰められるかも……
   明日の朝食向けにアカデミックな話題でも考えておいたほうがよさそうだ
   せめて向こうの上首尾でも祈らせてもらおうか

「ただいま。」
小さい声で玄関を開ける。人の気配はなくてカミュは布団の中にそのままいるらしかった。まさかとは思ったが、ドラマかなにかで見かけたみたいに式台にぴたっと正座して帰りを待たれていなくてよかったと安堵する。
「ちょっと冷えたかな、待たせてすまなかった。」
言い訳をしながら布団に滑り込む。カミュの気分はどうだろう?
「話は朝に聞かせてもらう。今は……」
「ん…」
疑問を押さえ込んだらしいカミュが腕を絡めてきた。やはり二晩だけの逢瀬を逃す気にはなれなかったものとみえる。蓋を開けたあとのカルディアの努力が胸を掠めたが、それもすぐにミロの脳裏から消え去った。
「カミュ……愛してる…」
それに答える返事はなくて、ただ甘いため息が聞こえてきた。