◇その3◇
「血液型はおわかりですか?」
「血液型?」
「血液型とは?」
空路はるばる東洋の黄金の国ジパングの首都東京にやってきて、空港から直接グラード財団付属病院循環器科病棟特別室に入院したカルディアが担当看護師に挨拶の次に尋ねられたのが血液型だ。
言われた事が理解できずに揃って首を振るカルディアとデジェルの知識は243年前で止まっている。ただでさえ聖域で聖闘士として育って一般的知識が欠如しているうえに、人類が血液をタイプによって分類するという概念を持ったのは1901年、オーストリアの医学者カール・ラントシュタイナーが論文を発表したのを嚆矢とすることを考えると、この二人に 「血液型」 を理解しろというほうが無理である。
ともに聖戦を闘ったカルディアとデジェルとの旧交を温めようと自ら通訳を買って出た童虎がさっそく血液型の何たるかを噛み砕いて説明したが、採血や輸血という医療行為について理解させるのにかなり時間がかかるのは仕方がない。
243年の時を超えて現世に蘇った二人には見るもの聞くもの珍しく、いかに慣れ親しんだ十二宮とはいえ周りが見知らぬ人間ばかりで動揺した二人を見かねた童虎は、それ以来ずっと付きっ切りである。やはり旧知のはずのシオンは、あらゆるものを納得のいくまで説明するという激務に最初の数時間で疲れ果て、早々に童虎にその役目を一任したのだ。
「一緒にいてやりたいのは山々だが、あいにく教皇のわしにはこの聖域を統べるという責務があるのじゃ。その点、童虎、おぬしは若さあふれる肉体で閑職におり、暇をもてあましておるじゃろう。知人のおらぬカルディアとデジェルの世話は頼んだぞ。では、わしは執務に戻る。」
さらっと言い置いたシオンは童虎の返事も待たず退却したのだ。
入院当初はカルディアの容態も安定していたので、移植に必要な血液はカルディア自身から数ヶ月かけて採血し冷凍保存しておく予定だったのだが、二回目の採血が終わったところで事態は急変した。無理を重ねてきたカルディアの心臓が生命の維持という重責に悲鳴を上げ始めたのだ。歩くことはおろか枕から頭も上がらなくなったカルディアを見ていることしか出来ないデジェルの悲嘆に暮れる有様は、はたで見ているのも気の毒なほどだった。
適合するドナーが現れるのを待っている余裕はない。
I CUで24時間完全看護の身となったカルディアを救うため、医療チームにより完全人工心臓の移植が決定され、緊急手術に足りない血液を補うべく白羽の矢が立ったのは、おりよく日本に滞在しているミロだった。
童虎からの連絡を受けてカミュとともに東京に駆けつけたミロは昏々と眠るカルディアとそれをじっと見守っているデジェルをそっと見舞ったあと、別室で童虎から話を聞いた。
「カルディアの心臓が悪い話は聞いておるじゃろう。手術で自己輸血をするために十分な量の採血をするはずが、急なことで必要量に足りないのじゃ。あれの血液型はお前と同じB型だ。当代の黄金はおぬしじゃが、わしとしてはカルディアの黄金の血に世俗の血液を入れたくはない。すまぬが協力してはもらえまいか。」
「喜んでお役に立たせていただきます。」
「おぬしだけでは足りぬから、聖域からアルデバランとシュラも来ることになっておる。三人いれば必要量はまかなえるじゃろう。」
黄金の中でB型はミロとアルデバランとシュラの三人である。カミュはA型なので血を提供することは出来ないのだ。
「お言葉ではありますが、輸血の際は複数人からの血を入れることは極力避けるほうがよいと聞いたことがあります。できましたらわたくし独りの血でまかないたいと思います。」
「しかし、一人の人間からそんなに大量の血をとるわけにはいかん。」
「いえ、血液量の半分までは何回も提供したことがあります。ご存知だとは思いますが。」
ミロが笑う。聖衣の修復のためにおのれの血を提供するのは黄金にとって当然のことだし、その危険性もよくわきまえている。
「念のため二人から400CCほど採血してもらい、もしわたくしだけの血で足りないような事態になればそれも輸血するということでは?そのほうがカルディアの身体のためによいはずです。せっかくのアテナの恩寵により蘇った命を可能な限り完璧な形で生かしたいと思います。」
ミロの深慮に童虎は舌を巻いた。この日本でカミュとともに暮らすうちにこれだけの知識を身につけたミロは、会ったこともなかった先代の身を案ずるようになっている。
「そこまで言ってくれるとは嬉しいぞ。この童虎、カルディアに代わって礼を言う。」
「礼などとおっしゃられては、かえって痛み入ります。当然のことです。」
こうしてミロは医療機関で血液量の半分を提供するという、本人にとってはごく普通の、しかし病院側に言わせれば前代未聞の暴挙に挑むことになった。
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