その12   レオナール

ナイフひとつでライオンを倒したミロの評判はあっという間に広がって、どこに行っても握手を求められたり注目されたりしてたいへんだ。
「どうしてあんなことで騒ぐんだ? そのくらいできなきゃ、とても生きていけないが。」
「君だから勝てるのであって、普通の人間では絶対に無理だ。 たとえ銃があっても撃ち損じたらおしまいだ。」
「銃か。 弾の出る理屈はわかったが、俺はやっぱりナイフのほうがいい。 向こうが闘いを挑んでくるんだから、こっちも正々堂々と力の限り闘ってやるのが礼儀ってものだろう。 それを弾一発で倒すなんてあっけなさ過ぎる。 全力を尽くしてこそ勝ったときの喜びも大きいというものだ。」
「だから倒したあと、あんなふうに叫ぶのか?」
「あれは強い敵に勝ったことを仲間に知らせる合図だよ。 あれを聞くと、血が騒いだものだ。 ましてや自分で倒したんだから最高だな!」
十分に勝つ自信のあるミロの話を聞いていると、ライオンと闘うのはスポーツの一種のようにも思えてくる。 実際、鋼のように強靭なミロの筋肉の見事さにはすっかり慣れたつもりのカミュでも、毎日の着替えを見るたびに惚れ惚れしてしまうのだ。
「私も君に銃は似合わないと思う。」
「弓とナイフと縄、この三つがあれば問題ないね。」
そんなことを話しながら昼食前の散歩に出ると、大きな艦船が入港していて人の動きが頻繁だ。
「ああ、あれはフランスの軍艦だ!」
船尾にひるがえる三色旗を認めたカミュがミロの注意を引いたとき、港のほうから歩いてきたフランス人士官が、
「カミュじゃないか! こんなところで会うとは驚いたな!」
と喜びの声を上げた。
「レオナール!」
久しぶりの握手を交わしてからカミュがミロを紹介した。
「彼はミロ、私の命の恩人だ。」
「はじめまして、レオナール・アイオリッシュ・ド・ランベールです。 命の恩人とはまたどういうわけです?」
「なあに、たいしたことではないですよ。」
「話すと長くなる。 よければ昼食を一緒にどうかな?」
「ちょうど食事の相手を探していたところだ。 ぜひともその話を聞きたいね。」
レオナールはカミュと同年の海軍士官で、半年前からこのあたりの海域の哨戒任務に当たっていてやっと交代の艦船が来たので国に帰ることになったのだという。
「三日後に出航だ。 カミュ、君はどうしてここに?」
昼食を摂りながらカミュが話した一連の冒険はレオナールをおおいに驚かせた。 目の前に座って礼儀正しくフランス料理を食べている青年がそんなすごいことをやってのけたなどと、どうして信じられようか。
「しかし本当だ。 ミロがいなかったら私は君には二度と会えなかったのだから。」
「なんと素晴らしい! あなたの冒険談をもっと聞きたいですね!」
自分に勇気がないとは思ったことがないレオナールだが、こんな話を聞いては感心するしかない。
「それでは、もし万が一私が襲われたら、ぜひ助けていただきたいものです!」
「喜んで! ただし、その時はすぐ近くにいるときにしてもらわないと間に合わないので、どうぞよろしく!」
「気をつけましょう!」
こうしてミロに新しい友達ができた。

その翌日のことだ。 地質調査のためにジャングルの奥に入った調査隊が夜になっても戻ってこないということがわかり、騒ぎになった。 夜の間はどうすることもできないので朝になってから捜索隊を出すことになり、レオナールもその一員として捜索に加わることになった。
「道に迷ったのか野獣に襲われたのか、まったくなんの手がかりもない。 そういうわけで、すまないが今日の昼食の約束は無理なようだ。」
「それは大変だ!」
「俺も一緒に行こうか?」
「いや、気持ちは有り難いがそれは遠慮する。 民間人を巻き込むわけにはいかないので。」
出発前の僅かな時間の合間を縫ってホテルの二人のところまでやってきたレオナールがそう言って急いで戻って行った。
どうなったかと気にしながら過ごしていると、午後になってとんでもない知らせが舞い込んできた。 捜索隊が蛮族に襲われ、二名死亡、一名がさらわれ、あとの全員が負傷して命からがら戻って来たという。 そしてさらわれたというのはレオナールだったのだ。
「なんだって!」
カミュがぞっとして叫んだときには、もうミロは身軽な恰好になって駆け出している。
負傷者の治療と救助隊の編成で騒然としている海軍の詰め所で捜索隊が襲われた場所を聞くと、ミロのことはここでもよく知られていてすぐに地図を指差して教えてくれた。 軽く頷いてあっという間に走り去ったミロの後ろ姿を誰もが祈るような気持ちで見送った。

レオナールが襲われたという場所は居留地からかなり奥に行ったところで、ジャングルのことに精通しているミロにはそこが蛮族の通り道になっていることが一目でわかる。 踏みしだかれた下草や彼等に特有の汗の臭いが歴然と残っていて、わざわざその真ん中に踏み込んだ捜索隊が襲われたのも無理はない。
「襲ってくれと言っているようなものだ。 これだから文明人っていうのはしかたがないな。 誰が見てもわかるじゃないか。」
いや、ジャングルの経験値が途方もなく高いミロだからわかるので、一般人にはとても見分けられないほんのわずかの痕跡なのだ。
全速力であとを追っていくと途中で見覚えのあるレオナールの衿の徽章が落ちていた。 正しい道を追っていることを確信したミロの耳がかすかな太鼓の音を捕え、それからあとは高い木々の枝を飛ぶような早さで移動しながら急ぎに急ぎ、いよいよ目的地に近付いたころには太鼓の音が激しさを増している。 捕虜に残虐な仕打ちを加える時が迫っているのだ。 もはや一刻の猶予もならなかった。
ミロが鬱蒼とした木々に囲まれた広場に着いた時には蛮族の興奮は最高潮に達していて杭に縛られたレオナールに近付いた男が今にも槍を突き刺そうとする瞬間だった。 フランス海軍士官として勇敢に死を迎えようと胸を張り蛮族を睨みつけていたレオナールが大きく息を吸ったとき、いきなりどこかから飛んできた矢が槍を振りかざしていた男の胸を射し貫いた。 一瞬の沈黙のあとわっと騒ぎが起こるなかでさらに何人もが矢で射られて広場は恐慌に包まれた。 そのとき突然に類人猿特有の怒りの叫び声が響き渡ったからたまらない。 蛮族たちが雪崩をうって逃げ出して広場はあっという間にからっぽになってしまった。
なにが起こったのかわからずにレオナールが茫然としていると、広場の向こう側に白い影が音もなく降り立った。 つかつかと歩いて来てナイフで縄を断ち切ったミロが倒れる寸前のレオナールを抱き留めて血の滲んだ箇所を確かめると、肩と腕とにひどい傷がある。
「休みたいだろうが、敵が俺一人だと気付かれたらやつらが追ってくる。 しばらく我慢してくれ。 俺の首につかまれるか?」
疲労と痛みで弱っているレオナールを抱えたミロは、手近の枝に飛び上がると、かつてカミュを運んだように遥か下で騒いでいる蛮族を尻目にもときた道を戻って行った。
めまいのするような高みをとんでもないスピードで運ばれながらレオナールはミロの人間ばなれした技に目をみはる。 人一人を抱えながら軽々と枝を渡って行くなどカミュの話を聞いても信じられなかったのに、今は自分が同じ体験をしているのだ。
「君って……本当に森の神だ!」
「え?」
よく聞こえなかったミロが聞き返したときにはレオナールは気を失っていた。

                                  



             二人だけではさびしいのでアイオリアの登場です、仏蘭西の系譜。
             とすると、この話は仏蘭西物語のアフリカバージョン? まさかね。