その20 パリ 7 〜証明〜
その一週間後、警察から連絡があり、カミュとミロはあの警察署を訪れた。
ここではミロは有名人で、わざわざ握手しにきてくれたり遠くから合図してくれたりという好意的な雰囲気にカミュはほっとする。なかでもあのときの警官隊の一員だったディスマルクはミロに 「困ったことがあったら力になるからなんでも言ってくれ。」 とウインクして見せたほどだ。
「どうもありがとう。」
そう言って別れた後で、
「なぜ片目をつぶるんだろう?」
とミロが聞いてきた。
「なぜって………あれはウインクといって、ほかの人間にわからないようにこっそり合図するとか、特に親しいときの秘密めいた合図だと思う。つまりディスマルクは君に好感を持っているということだ。」
「では、カミュが俺にウインクをしないのはなぜ?」
「えっ…」
なぜと言われても答えようがない。
だいたいカミュはウインクをするような性格ではなく、今までにそんな経験は一度もないのだ。
「親しい間柄のときに使われる合図はウインクだけではないし……」
ついうっかりキスやら抱擁やらを思い浮かべて赤くなったカミュが気を取り直して警視の部屋のドアを叩いた。
「どうぞ。」
中に招じ入れられ椅子に座る。 警視が大きな封筒の中の書類を取り出した。
「どうだったのでしょうか?」
落ち着いているつもりでもカミュの声が少しかすれる。
ミロは悠然と腰掛けて警視の手元を見つめている。
「照合の結果、日記につけられた指紋と今回採取された指紋は同一人物のものと認められるということです。すなわち、あなたがトゥールーズ家の嫡子であると証明されたことをお伝えします。」
カミュが大きくため息をついた。 二十年の長きにわたって忘れられてきた事実がここに証明されたのだ。
アフリカの奥地で類人猿に育てられてきたミロはトゥールーズの正当な後継者なのだった。
「しかし、これだけですべてが解決したというわけではないのはお分かりのことと思います。 指紋に関する理解はまだ行き渡っていませんし、裁判でもまだ証拠としての採用は数えるほどです。 我々としてできることはここまでですが、どうなさいますかな?」
そうなのだ、ミロの身分を回復し全てを元に戻すというのは途方もなくたいへんなことなのだ。
「これからのことはミロの考えを聞いて決めたいと思います。
ともかく、不幸にして亡くなったあの二人のことをトゥールーズ家に伝えなければなりません。その時には当然、生まれた子どもがどうなったかも知らせることになりますからミロのことも明らかにすることになるでしょう。」
「そうですな。 指紋のことについては、必要とあらば鑑識の専門家をいつでも派遣しましょう。 この件については我々も密かに関心を寄せています。 よい結果を期待します。」
「ありがとうございます。
では今日のところはこれで失礼します。」
この話の間、ミロはなにも言わずに黙って座っていた。
「で、俺はどうなるんだ? そもそも俺の生家だというトゥールーズとはどんな家なのか教えてくれ。」
結局、馬車の中でも二人とも黙っていたので、話ができたのはカミュの屋敷に帰ってからだった。
「トゥールーズは土地の名前だ。
フランスの南の方にある街で、1000年以上前から有力な貴族が広大な土地を支配し続けてきた。当時の貴族は自分の所有している土地の名前を名乗ることになっていて、それが今も続いている。」
カミュが地図を広げた。
トゥールーズはかなり南の方にあり、ミロの目にもはるか離れた土地に見える。
現在のトゥールーズの当主は、アフリカで亡くなったルイ ・ スコルピーシュ
・ ド ・ トゥールーズの弟で、アフリカ沿岸で遭難して行方不明になった兄の跡を継いで二十年になるのだった。
「その当主には息子がいて最近結婚したばかりだ。
彼らは現在もトゥールーズにある城に住み、昔ほどではないがかなりの土地を所有して暮らしている。貴族制度がなくなったので伯爵を名乗ることはないが、ド・トゥールーズを名乗り、その土地では重きを成しているはずだ。」
カミュの説明はかなり簡略化してあったがミロにもその家系の立派さは伝わった。城というものの実物はマルセイユからパリまで列車に乗ったときに車窓から見ていたし、パリでもパレ・ロワイヤルやベルサイユを見てはいる。
「で、もし俺が正当な跡継ぎだと名乗り出たらどうなる?」
「それは………私たちの話が事実であるかどうか、実際にアフリカのあの小屋に一緒に行って確かめることになるだろう。 指紋も、むろん専門家に説明してもらって正真正銘の跡継ぎがいたことを理解してもらう。それから…」
「いや、そうじゃなくて。」
ミロが話をさえぎった。
「知りたいのは、俺がそのトゥールーズになったら今現在のトゥールーズはどうなるのかということだ。」
そうなのだ、ミロがそれを知りたがっていることはずっと前からカミュにはわかっていて、それでも答えを先延ばしにしてきたのだ。それを知ったときのミロの反応が怖くて言うのを避けていた。
けれどももう逃げられない。
「トゥールーズの城に住んでいるのは、亡くなったルイの母親、つまり君の祖母と現在の当主夫妻、そしてその息子夫婦だ。 君が当主になれば、君の祖母以外の人たちは城とそれに付随する領地に関する一切の権利をなくして、二十年前に住んでいた屋敷だけが残される。」
「その屋敷とは、カミュのこの屋敷くらい?」
「いや…」
ミロが返事を待っている。
カミュが目をそらした。
「ここほど広くないようだ。 たぶん………ここの四分の一くらいだと思う。」
「そう………」
沈黙が下りた。
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ここはまったくの創作。
なんだか法律談義のようで焦ります。
はい、明らかに20回では終わりませんでした。
いつまで続く密林ぞ。