※ 固有名詞等を変えてありますが基本的には原作そのままです。

その21   過去  〜 船上 1 〜

若きフランス貴族、いや、貴族制度の亡くなった今、貴族出身というべきなのだが、ルイ・スコルピーシュ・ド・トゥールーズがアフリカの沿岸のある仏領植民地の微妙な実情調査のために現地に派遣された。
当時その植民地の純朴な原住民の青年たちが、ヨーロッパのある強国にだまされ、その国の植民地の民兵という名目で駆り集められて、もっぱらルフィジ河流域の蛮族からゴムや象牙を強奪する役に使われているという情報が入ったからだ。原住民の訴えによれば、多くの青年たちが甘い言葉につられて出かけていったが、戻ってきたものはほとんどいなかった。
アフリカ在住のフランス人からの情報はもっと詳細だった。 それらの気の毒な黒人たちは任期が終わっても、白人の上官がかれらの無知につけこんで、まだ数年服役しなければならない契約になっているのだとだましたりして、事実上かれらを奴隷状態にしていることを知らせてきた。
そこでフランス植民省はルイを仏領西アフリカにおけるある新しい地位に任命したが、任務の内容は、友好関係にある ある強国の軍部による仏領臣民にたいする不当な取り扱いの実情を調査することにあった。
しかし、なぜ彼がアフリカに派遣されたかというようなことは、この物語にとってはさして重要ではない。 なぜなら、彼は調査はおろか、任地に着くことさえできなかったからだ。

ルイは数多くの戦場で歴史的勝利をおさめたすぐれた武将を思わせるようなタイプのフランス人で、精神的にも肉体的にも道徳的にも、強くたくましい男だった。 背丈は並外れて大きく、目はブルー、きりっと引き締まった顔立ち、きびきびとした態度と強健な身体は、数年間の軍隊生活で培われたものだった。
政治的野心からかれは軍隊から植民省へ移り、まだ若いのに、重要なしかも微妙な任務を帯びた政府の特使に任命された。
その辞令を受けとったとき、彼は大きな喜びを感じるとともに、はたと当惑した。 この抜擢はかれの政治的手腕と職務に精勤した実績を高く評価された人事であり、将来のいっそう高い地位への試金石でもあったが、しかし、彼はわずか三ヶ月ほど前にアリス・フランソワ・ド・トレヴィル貴婦人と結婚したばかりで、この若い貴婦人をアフリカの熱帯の危険と孤立状態の中へ連れて行くことを思うと不安と戸惑いを感ぜざるを得なかった。
彼は新妻のためにこの任務を辞退しようと思ったが、彼女はそうさせなかった。 彼を励まし、新しい任地へ一緒に連れて行って欲しいと頼んだ。
彼らの両親や兄弟や親戚たちもこの問題について様々な忠告や意見を述べたに違いないが、その内容についてはまったく記録が残っていない。われわれにわかっているのはただ、1888年5月のある晴れた朝、ルイ・スコルピーシュ・ド・トゥールーズとアリス夫人がマルセイユからアフリカへ向けて出帆したことだけである。
それから一ヵ月後にかれらはモンバサに着き、そこで小さな帆船フワルダ号をチャーターして、いよいよ彼らの最終の目的地に向かった。 そしてそっれきり、トゥールーズ夫妻は消息を絶った。
かれらがモンバサ港から出帆してから二ヵ月後に、数隻のフランスの軍艦がアフリカ東岸を駆けずり回ってかれらの、というよりもフワルダ号の行方を捜し、まもなくセーシェル諸島のとある島の岸にその残骸が打ち上げられているのを発見した。したがって、フワルダ号は乗組員全員を乗せたまま難破したものと推定され、捜索は打ち切られた。

フワルダ号は百トン足らずのバーカンティーン型帆走船で、当時は同種の船がかなり多数アフリカの沿岸貿易に活躍していた。 それらの船の乗組員は海のならず者ばかり、あらゆる国籍のあらゆる人種の警察の目をのがれた殺人犯や強盗犯で構成されていた。
フワルダ号もその例外ではなかった。 高級船員はいずれも弱いものいじめの暴力漢で、乗組員たちから蛇のように嫌われていた。 船長は有能な海員ではあったが、部下の扱い方は鬼のように冷酷だった。 かれが雇い集めたのは素性の知れぬ悪党どもばかりなので、彼等を納得させるには、索止栓か拳銃を使う以外に方法がないことを知っていたのだ。
そんなわけで、ルイと彼の新妻はモンバサ港を出たその翌日から、フワルダ号の甲板上で海洋冒険小説さながらの場面の数々を目撃するようになった。
その日の朝、当時まだ生まれていなかった一人の人間がおそらく人類史上に類のない生涯をたどるようになる宿命の鎖の輪が作られたのだった。
二人の水夫が甲板を洗っていた。 一等航海士が船長にかわって任務につき、船長は甲板でトゥールーズ夫妻と雑談していた。
水夫たちは三人のほうに後退しながら甲板を洗い、三人は水夫たちに背を向けて立っていた。 水夫たはだんだん近づいて、一人が船長のすぐ後ろまで来た。 次の瞬間に、もしも水夫がそのまま船長のそばを通り過ぎていれば、この奇妙な物語はまったくこの世に存在しなかっただろう。
しかし、船長はちょうどその瞬間トゥールーズ夫妻と別れて立ち去ろうとしてきびすを返したため水夫と衝突し、そのはずみで前のめりに甲板の上にすっころげ、手桶をひっくり返して泥水を頭からかぶってしまった。
一瞬まったくこっけいな光景となったが、それもつかの間、屈辱と怒りで顔を真っ赤に染めた船長はすざまじい勢いでののしりわめきながら起き上がると、強烈な一撃で水夫を甲板の上に殴り倒した。
その水夫は小柄でかなり年老いていたので、この光景はいっそうむごたらしく見えた。 だが、もう一人の水夫はずっと年も若く、黒く太い口ひげをぴんと張らせた大きな熊のような男で、隆々と盛り上がった肩の間に猛牛の頭がでんと乗っていた。
彼は同僚が殴り倒されたのを見ると、素早く身構えて、ちきしょうと低く唸ると同時に船長におどりかかり、強力なたった一撃で船長をぶちのめし、がっくりと膝を折ってうずくまらせた。
真っ赤な船長の顔からさっと血が引いて、みるみるうちに白くなった。 なぜなら、これは明らかに反乱だったからだ。 彼は残虐な経歴の中で何度か反乱に遭い、それを鎮圧したことがあった。 彼は起き上がるよりも早くポケットからさっと拳銃を抜いて、目の前にそそり立つ大きな筋肉の山めがけてやみくもに発射した。 しかし、船長も素早かったがルイも同じように動いた。 ルイは拳銃がきらっと陽をはじいたのを見た瞬間、船長の腕をたたき下ろしたので、弾丸は的をはずれて水夫の足に突き刺さっただけだった。
ルイと船長の間で言葉が交わされ、ルイは乗組員に対する船長の残虐な暴力を憎んでいると言い、夫妻がこの船の乗客である間はいっさいそのようなことをやめてほしいと戒めた。
船長は怒って言い返そうとしたが、考え直して苦々しい顔で船室へ引き上げていった。 フランスの役人の背後にある政府の強力な権力は、船長が感謝し恐れてもいる懲罰手段、優秀なフランス海軍を擁しているので、ルイに反抗するわけにもいかなかったのだ。
年老いた水夫は負傷した同僚を助け起こした。 ブラック・ミッチェルというその大男は、傷ついた腕をかばいながら立ち上がると、ルイを振り返ってぶっきらぼうな感謝の言葉を一言投げつけた。
無愛想な態度であったが、その言葉にはかれの真心が込められていた。 それだけ言うと、彼はそれ以上話をするのを避けたがっているようで、前部甲板下の水夫室へ足を引きずりながら立ち去った。


                                  



            ここからしばらくは原作を引き写すことにしました。
            絶版になり、すでに入手できなくなってしまった真正のターザン物語の香りをお伝えするためです。
            設定の都合上、イギリスをフランスにし、人物名・地名等を変更してあります。
            どうぞ、ご了承ください。