※ 固有名詞等を変えてありますが基本的には原作そのままです。
その23 過去 〜 船上 3 〜
「おはいり。」
気むずかしい船長の太い声が唸った。
ルイは中へ入って後ろ手にドアを閉めた。
「なんのご用?」
「じつは、今日耳にした話の要旨をあなたに伝えようと思ってきたのだ。 なにも起こらないかもしれないが、しかし起こりそうな気がするので、一応あなたに警告しておいたほうがよかろうと思ってね。
かいつまんでいうと、水夫たちが反乱と殺戮を企てているらしい。」
「嘘だ!」
と船長は怒鳴った。
「もしあんたがこの船の規律に二度と干渉したり、あんたに関係のないことがらに口を出したりしたら、その責任を取ってもらうぞ。
あんたがフランス貴族であろうとなんであろうと知っちゃいない。俺はこの船の船長なんだ。
いいか、今後いっさい余計なおせっかいをやめろ!」
船長はしゃべっているうちに怒りが昂じて顔が紫色になり、最後の一言は金切り声を張り上げ、大きなこぶしでテーブルを叩き付けて強調し、別の手をルイの顔に突きつけて激しく振った。
ルイは少しも動揺せず、怒り狂った船長をじっと見つめていた。 やや間をおいて彼は静かに言った。
「ビリングズ船長、率直に言って、あなたはかなりばかだね。」
彼はそれだけ言うと、いつもと変わらぬ態度でふらりと部屋を出ていった。 ビリングズ船長の怒りをかきたてるには、悪口雑言を並べ立てるよりもこの方がはるかに有効だった。
もしかれがそこで船長をなだめたら、船長も軽々しい口をきいた自分の非を認めたかもしれなかったが、そのようなわけで船長の怒りは鎮めるすべもないほど燃え立ってしまい、二人が共通の利益と生命の保全のために力を合わせるチャンスはまったく消え去ったのだった。
ルイは妻のところへ戻ると彼女に言った。
「アリス、どうせ黙っていなければならないのなら、船長を訪ねるのもよすべきだったよ。
あいつは感謝するどころか、いきなり怒って僕に吠え付いてきたんだぜ。 いずれにせよ、あんな男やこのぼろ船なんかどうなったって構わないんだから、騒動が収まるまで僕たち自身の安全を守ることに専念しよう。
それにはまず、僕たちの部屋に行って拳銃を点検しておこうと思う。 今になってみると、もっと大型の銃と弾薬を荷物の中に入れてこなかったことが残念だ。」
彼らが部屋へ戻ってみると、そこはめちゃくちゃに荒らされていた。 蓋の開いた箱やカバンから衣類が部屋中に放り投げられ、彼らのベッドさえずたずたに切り裂かれていた。
「だれかが僕らのことよりも、僕らの荷物を心配してしのびこんだらしいぜ。
いったいなにを探しに来たのだろう。 アリス、調べてみよう、何がなくなっているかを。」
よく調べた結果、盗まれたのは万一に備えて持ってきたルイの拳銃二挺と小量の弾薬だけであることがわかった。
「いちばん残しておいて欲しかった品物だ。 」
とルイは言った。
「しかも、やつらがそれだけしか盗んでいかなかったということは、僕らがこの呪われた船に乗り込んで以来もっとも重大な、危険な情況にあるということを示しているわけだ。」
「どうしたらいいかしら、ルイ。」
と、彼の妻が訊いた。
「あなたが船長のところへ行っても、いっそうひどい侮辱を受けるだけでしょうし………。
こうなったら、中立を守るのがいちばんいい方法かもしれないわね。 船長側が反乱を抑えることができれば、私たちは無事なわけだし、たとえ反乱者側が勝っても、私たちが彼らに抵抗しなければ、助かる望みがあると思うわ。」
「うん、君の言うとおりだ。 要するに、どちらにも加勢しないことだな。」
夫妻が部屋を整理しようとして腰をかがめたとき、入り口のドアの下から一枚の紙が差し込まれているのに気がついた。
ルイはそれを拾い上げようとして手を伸ばしたが、びっくりして手を止めた。
紙が部屋の中へ動いてくるのだ。 ルイはだれかが外から中へそれを押し込んでいるのだということにやっと気付いた。
彼は足音を忍ばせて素早くドアのそばに行った。 しかし、ドアを開けようとして取っ手を握ったとき、妻が彼の手首を抑えた。
「だめよ、ルイ。 」
と彼女が囁いた。
「彼らは姿を見られたくないためにこんなことをしたのだから、見ちゃいけないわ。 中立を守ることを忘れないで。」
ルイはにっこり笑って手を下ろした。 彼らがその場に立って見つめていると、一片の紙はやがてドアのすぐ内側の床の上に静止した。
ルイは膝をかがめてそれを拾い上げた。 汚れた白い紙が、おおざっぱに四つに折られていた。
開いてみると、乱雑なたどたどしい文面が綴られている。 慣れない手で書かれたものだとすぐわかった。
ルイはそれを判読した。 彼に対する警告の手紙で、拳銃が紛失したことを報告したり、老水夫が彼に語ったことを密告したり、すべて死につながるようなことは、差し控えろと書いてあった。
「どうやら僕らは助かるかもしれないね。」
ルイは悲しげな微笑を浮かべながら言った。
「とにかく、どうなろうとも成り行きにまかせるより仕方ないよ。」
来たるべきものが、まもなくやって来た。
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言葉使いなどにちょっと違和感のあるところもありますが、翻訳通りに写しています。