※ 固有名詞等を変えてありますが基本的には原作そのままです。

その24   過去  〜 船上 4 〜

翌朝、ルイがいつものように食事前の散歩のために甲板に出ようとしたとき、突如として一発の銃声が鳴りひびいた。 つづいて一発、また一発。
彼の目撃した光景は、彼のもっとも恐れていたことを実証した。 少数の高級船員の一団と、雑多な人種の水夫全員がブラック・ミッチェルを先頭に押し立ててt、対決しようとしていたのだった。
高級船員側がついに火ぶたを切ると、水夫たちはいっせいに遮蔽物の陰に散り、マストや操縦室やキャビンの壁に身を隠しながら、フワルダ号の憎むべき権力を代表する五人の男に応戦した。 水夫の二人が船長の拳銃の前に倒れていた。 彼らは敵と見方の中間に倒れたまま動かなかった。
まもなく、一等航海士が前のめりに倒れた。 すかさずブラック・ミッチェルの号令一下、血に飢えた暴徒が喚声をあげて残りの四人めがけて突撃した。 水夫側は銃を六挺しかかき集めることができなかったので、彼らの大多数はかぎ竿や、斧や、まさかり、かなてこなどを武器にしていた。
突撃が始まったとき、船長はちょうど弾を射ちつくして、装弾しているところだった。 しかも、二等航海士の銃は弾丸がつかえて用を成さなくなっていた。 したがって彼らは、がむしゃらに突撃してくる反乱者に対してわずか二挺の銃で防戦しなければならなかったので、やがて勢いに押されて後退し始めた。
両軍はたがいに激しくののしりあい、それに銃声や負傷者の悲鳴やうめきが混じり合って、フワルダ号の甲板は狂気のるつぼと化した。
高級船員側が十歩と後退しないうちに、水夫側が彼らに襲いかかった。 屈強な黒人の手にした斧が船長のひたいからあごまで、ざっくりと切り裂き、残る部下も一瞬後に折り重なって倒れた。
かくして反乱者たちの突撃は、凄惨ではあったが、あっけなく終わった。 ルイはその間ずっと昇降階段の手すりにのんびりもたれかかり、クリケットの草試合でも眺めているようにして、静かにパイプをふかしていた。
高級船員の最後の一人が倒れたとき、彼は乗組員のだれかが下でただひとり待っている彼の妻を見つけないうちに、ひっかえそうと思いついた。
外見は無頓着に悠々と構えていたが、内心は心配でたまらなかった。 運命はいまや冷酷に彼ら夫妻を、無知で野獣のようなやつらの手中に渡してしまったのだ。 妻の身が案じられてならなかった。
しかし彼は、階段を降りようとして振り向くと、妻がすぐ下に立っているのを見てびっくりした。
「いつからそこにいたんだ、アリス。」
「最初からよ。」
と彼女は答えた。
「こわいわ、ルイ。 なんという恐ろしい人たちでしょう。 あんな人たちの手に渡ったのでは、もうなんの望みもなさそう。」
「朝食ぐらいは食べさせてくれるだろうよ。」
彼は彼女の恐怖をやわらげようと、笑顔を作りながら答えた。
「とにかく頼んでみよう。 さあ行こう、アリス。 ぼくたちは彼らに丁重な取り扱いを期待しているだけなのだということを、わからせる必要があるからね。」
そのころすでに水夫たちは死傷した高級船員たちを取り囲み、生きていようと死んでいようといっさい構わず舷側からつぎつぎに海へ投げ込んでいた。 それが終わるとこんどは、高級船員の弾丸を受けた瞬間に慈悲深い神が即死させてくれた彼らの味方の三人の死者は」もちろん、負傷者までも、同じように情け容赦なく海へ投げ捨てた。
やがて水夫の一人が近づいてくるトゥールーズ夫妻を見つけて叫んだ。」
「魚の餌が、ここにもう二人いるぞ!」
そして、斧を振り上げて夫妻の方へ突進した。
しかし、ブラック・ミッチェルの動きがより素早かったために、その男は五、六歩進んだところで背中に銃弾を受けて倒れた。
ブラック・ミッチェルは大声でみんなに呼びかけ、トゥールーズ夫妻を指差しながら叫んだ。
「この二人は俺の友達なんだ。 そっとしておいてやれ、わかったな? 今から俺がこの船の船長だ。 俺の言うとおりにしろ。」
それから彼はルイを振り返って、
「おとなしくひっこんでいれば、誰もお前たちを痛めつけやしねえよ。」
そして、威嚇的な目でみんなを睨み回した。

トゥールーズ夫妻はブラック・ミッチェルの命令をよく守ったので、ほとんど誰にも会わなかったし、彼らがなにを計画しているかも知らずにいた。
ときたま反乱者たちの間での喧嘩口論がかすかに反響して聞こえた。 また、すさまじい銃声がとどろいたことも二度あった。 しかしブラック・ミッチェルはならず者の集団の指導者にふさわしい男だったので、仲間をうまく彼の支配化におくことができた。
反乱後五日目に見張り人が陸地を発見した。 島か大陸か、ブラック・ミッチェルは知らなかったが、もし調査してそれが住める土地であったら、トゥールーズ夫妻を荷物と一緒にそこへ上陸させることにすると、彼に告げた。
「おめえたちはそこで五、六ヶ月は楽に暮らせるだろうよ。」
と、ブラック・ミッチェルは説明した。
「俺たちはそれまでに、どこか人の住んでる海岸に上陸して解散する。 そしたら俺はおめえたちの政府と連絡を取って、おめえたちの居場所を知らせる。 そうすれば海軍の捜索隊が派遣されておめえたちを助け出すだろう。 ま、それで我慢してくんな。 なにも質問されずにおめえたちを文明国に上陸させるのはむずかしいからな。 それに、この船にいる連中はみんな、申し開きのできねえやつばかりなんだ。」
ルイは二人を未知の海岸に置き去りにして、猛獣か、ひょっとするともっと獰猛な野蛮人の餌食にするのは、あまりにも残酷ではないかと抗議した。 
しかし、それ以上抗議してもむだであるばかりか、ブラック・ミッチェルを怒らせるだけのことでしかないようだったので、いさぎよくあきらめて、情勢の悪化を避けざるを得なかった。

                                  



            言葉使いなどにちょっと違和感のあるところもありますが、翻訳通りに写しています。