その32   トゥールーズ 4 〜夜〜

そしてミロがポケットから出した戦利品は二人を唸らせた。
かなり古い時代の細かい細工の金の帯である。繊細な金の鎖を7センチほどの幅に綴ったもので、表側には幾つものルビーやサファイヤなどの宝石が散りばめられていて美しい。 大まかにごみをはらってハンカチで拭くと宝石はいっそうの輝きを増した。 長い間朽ち葉に埋もれていたので金細工の隙間に細かい汚れが入り込んでいるが、きれいにすればどれほど輝くことか。
「これは驚いた!」
「素晴らしいですね!」
カミュはそれほど宝石に詳しくはないが、これほどの大きさのルビーならば一つ数千フランはするくらいのことはわかる。 

   すると屋根の上に数万フランが数百年も雨ざらしに………さすがはトゥールーズ!
   歴史的価値を含めると、値段のつけようがないだろう
   もしかするとルーブル行きの品物かも?

「ふうん、 裏もそんなにきれいなのか。」
「こっちが表だ!」
アレクサンドルとカミュが思わず声を合わせた。

ミロの冒険は城中にセンセーションを巻き起こし、その様子をごく控えめに聞かされたアレクサンドルの母親は卒倒しそうになった。
「まぁ………そんな危ないことを! どうしましょう! 宝物はなくてもいいから! お願いだからもうそんなことはしないでちょうだいな! アレクサンドル、あなたからもよく言ってくださらなくては!」
「ええ、ほんとに。 私も、まさかと思いましたよ。」
屋根の上の謎の品物については家族も使用人もよく知っていたが、言い伝えは言い伝えに過ぎないととくに気にしていなかったので、その貴重さとミロの大胆な行動が一同をあっと言わせたのだ。
アレクサンドルは夕食前に全ての使用人を集めてミロを紹介し、古くから勤めているものはみな、ルイと似ていることに驚き、涙ぐむ者も多かった。

天井の高い食堂は現代風に手を加えてあって、なんと電気も引いてあった。
「うちはまだなのです。 でも来年にはたぶん。」
「最初は驚きましたが、慣れてくるといいものですよ。 まず、火事の心配がない。」
「もっともです。」
「なにしろ広すぎるので照明のある部屋は数えるほどです。 今夜お泊りの部屋には引いてありますので、どうぞ電気の便利さをお試しになってください。」
「それは楽しみです。」
こうした話題のときは黙って食べているミロにアレクサンドルの息子がアフリカのことをいろいろと聞き始めたが、一度も行ったことのない人間と、アフリカのジャングル育ちのミロとではあまりにも食い違いが多すぎて、カミュが横から補足と訂正をする必要があり、相互理解はなかなか難しいものがある。 するとアレクサンドルから提案があった。
「考えたのだが、私はアフリカに行って、ルイとアリスが最後に暮らした家をこの目で見ようと思う。 そして、二人を連れ帰ってルイの父が眠る教会に葬ってやりたいのだが。」
この提案は興奮のうちに受け入れられ、細かいニュアンスがわからなかったらしいミロにはカミュが説明をした。
「アフリカに帰れるのか?!」
ミロの目が喜びに輝いたのを見てカミュの胸に痛みが走る。 そういえばトゥールーズに来てからは忙しさのあまり、ミロのこれからの身のふりかたについて話す時間もなかったのだ。 身元を明らかにしたいとは思っていたが、それはすなわちミロがトゥールーズを継ぐことと表裏一体なのだった。
これからのことについてカミュが考え込んでいると、アレクサンドルが話しかけてきた。
「それから明日は市役所に行ってミロの戸籍をつくる手続きをしなければ。 時期を見て家督を譲ることでもありますし、いつまでも名前だけではよくありません。 それにしても、フランスに入国するときはいったいどうしました?」
「フランス海軍の士官をミロが助けた縁で、艦長がミロの身元保証人を引き受けてくださいました。 その軍艦に便乗して帰ってきたので困りませんでしたが、それがなければどうなっていたことか。」
「ほぅ! その話をぜひとも聞かせてください!」
ミロは自分からそういうことを話すような性格ではないので、カミュがあとを引き受けてほどほどに省きながらレオナールを助けた話をすると場はおおいに盛り上がった。 もっともアレクサンドルの母親はよっぽどどきどきしたらしく蒼ざめていたので、話半分にしておいたのは正解だったろう。

二人のために用意された部屋は広い前庭に向いた二階にあり、古風な天蓋つきのベッドが珍しい。 支柱の彫刻が時代がかっていて百年以上前に作られたことは明らかだ。 壁に2箇所ある照明が柔らかく室内を照らしていた。
案内してきた使用人がドアを閉めて行ってしまったところでミロが口をひらいた。
「俺はここを継ぐのか?」
「このままでいくと、そういうことになりそうだ。」
「フランスに来たからには、自分が誰であるかを知るのは大事だと思う。 類人猿の子では通らないからな。 でも、この城で俺はいったいなにをすればいい?」
「それは………」
窓辺に寄ったミロが首を振った。 広壮な城、広大な領地、たくさんの使用人や世間付き合い、そしてミロのまだ知らぬ多くの責任がおぼろげながら仄見えるのだ。
「俺にはカラ以外に家族というものがなかったから人間の家族というものがまだよくわからない。 カミュの家族を見ているとなんとなくわかる気がするが、それでもここに来て紹介されてみるとやっぱりどうすればいいのかわからない。 俺の祖母というあの婦人は俺に会ったことをとても喜んでくれたし、アレクサンドルやほかの家族もとても親切だ。 でも、カミュといるときのような気分にはなれないんだ。 たぶん俺の本質はアフリカで暮らしているときのままで変わっていないんだろうと思う。 今の俺はほんのうわべだけ文明人のまねをしているだけだ。 そんな俺が家族になれるのか?」
「きっと、時間をかければ……」
「それに俺がここを継ぐということは、アレクサンドルがここの暮らしをやめるということなんだろう? でも、どうみても俺よりアレクサンドルの方がこの城に住むのに向いている。 俺が住んだら、退屈の余り、毎日屋根の上を歩き回ることになりそうだ。 それでもいい?」
「ミロ………」
返事が出来ないカミュにさらにミロが言った。
「それに俺はカミュと一緒にいたい。 パリとトゥールーズは遠すぎる。 カミュと家族になるんじゃだめなのか?血がつながっていないと家族にはなれない?」
「それは、あの……」
なぜだか真っ赤になったカミュはうつむいてしまった。 よかれと思ってここまで連れてきたのに、結局ミロを悩ませただけなのだろうか。
「ちょっと風に吹かれてくる。 先に寝てていいから。」
「……え?」
顔を上げたときにはミロが窓枠に足を掛けたところだった。
「ミロ、なにを…!」
窓の外に枝を伸ばしている大きなマロニエの木にミロが飛び移ったのが見えた。 するすると枝を伝って地面に下りたミロは月明かりの中を歩いて庭の真ん中に生えている何百年も経ったようなナラの木の下まで行くと、太い下枝に身軽く上り、すぐに姿が見えなくなった。 
おそらく座り心地のよさそうな枝を見つけて考え事をするのだろう。
カミュが一つため息をついた。

その夜、遅くまでミロは帰って来ず、部屋の窓はずっと開かれたままだった。

                                  



         親友以上 恋人未満。
         ミロカミュでなくて、ミロとカミュかもしれません、この話は。