その6

海岸への旅は順調だった。 旅といってもたかだか一時間くらいのことだったが。
途中でカミュが捕われていた蛮族の村を通り過ぎたが、もう誰も住んでいないようで人の気配がない。
「俺が君を助けたとき相当恐がらせたからな。 きっと祟りがあるといけないと思ってこの場所を捨ててほかに行ったんだろう。」
「そういえば、あのときに私を刺そうとした男がいきなり倒れたのはなぜなのだろう?」
「ああ、あれは、手近かにあった青くて固い実を取って投げた。」
「ではあの槍は? いつも持っているのか?」
「俺は槍は使わない。 ナイフの方が使いやすい。 あの槍は木の実を投げたあとでやつらの小屋に置いてあったのを失敬して投げてやった。」
ミロが面白そうに笑う。
「やつらの大騒ぎが聞こえたのでちょっとのぞいたら、今にも殺されそうな色の白い人間がいて。 俺と同じ種族の人間を見たのは初めてだったから驚いた。」
「では、ミロの知っている人間はあの蛮族たちだけだったのか?」
「そうだ。 本には色の白い人間や黒い人間が描いてあったから、俺のほかにも白い種類の人間がいるとは思っていたが見たのは初めてだ。」
ミロが見ていたのはいったいどんな本なのだろうとカミュは思う。 たった一人でそれを見て、ミロは文字を理解し、それが物事の意味を表す記号だと知ったのだ。
「ここでは色が白いとろくなことはない。 目立つから獲物をとるのに気を使う。 毛が生えていないので仲間からも変わり者だと思われる。 子供の頃はそれがいやで身体に泥を塗りつけたこともある。」
ここでカミュが聞きとがめたのはむろん仲間という言葉だ。
「仲間って?」
「俺は類人猿の仲間と一緒にいた。 俺の母親はカラだが父親はわからない。 カラは、俺の父は白い類人猿だと言っていた。」
さあ、ここのところがカミュにはわからない。 どう見てもミロは純粋な白人の血を引いているとしか思えないし、だいいち白い類人猿とはいったいなんだ? 仮にそういう種類の生き物がいるとしても、類人猿の間からミロのような人間が生まれるわけはない。
「今、その仲間と一緒じゃないのはなぜ?」
「子どもの頃はみんなと遊んで楽しかったが、大きくなるにつれてみんなと自分の違いがわかってきた。 俺が興味を持つことには誰も関心がなかったし、毎日考えているのは食べることと縄張りに敵が入ってくるのを警戒することだけだ。 昨日のことはすぐ忘れるし、食料が見つからないときのために余分をしまっておくことを教えてもそのときは喜ぶが自分でやってみようとする者はいなかった。」
つまり、ミロの知的欲求と周囲の類人猿のレベルが合わなくなってしまったのだ。 いかに教育を受けていなくてもミロの持っていた人間としての知性がはるかに劣る類人猿との暮らしを否定したに違いなかった。
「カラが生きていたら俺はどんなことをしてでもみんなと一緒にいただろう。 でもカラは死んでしまったので、俺はみんなとは離れることにした。」
そんな話を聞くとカミュは切なくなってくる。 文明から切り離された土地にたった一人で生きていたミロはおのれのうちから湧きあがる人間としての在り方を求めて葛藤していたのだろう。 はるかに高い木々の間を飛ぶように進みながらカミュはミロの横顔を盗み見る。 長いまつげ、引き締まった顎の線、形のよい耳、この密林の中にあってもひときわ輝く豪奢な金髪、この環境にあっても持って生まれた美質はいささかも損なわれなかったのだ。
「もしも………もしも私が女だったらミロのことを好きになっていたかも知れぬ。」
「好き、とはなんのことだ?」
「ええと………たとえば何種類かの果物があったら、いちばんおいしくて食べたいと思うものを手に取るだろう。 それが、好き、ということだ。」
「ふうん………ではカミュが女なら俺を食べるのか?」
「いや、そうじゃなくて!」
あわてて言ったが、ミロの目が笑っているのを見て冗談だと知れた。 カミュと一緒にいたわずかの間にミロの精神は冗談を言えるまでに成長しているのだ。
「好きとは、いつも一緒にいたい気持ちになるということだ。 」
「では俺はカミュが好きだ。 いつでも一緒にいたい。 カミュも俺が好きか?」
あまりに直裁に聞かれてカミュは照れる。 返事に窮していると、
「違うのか?」
急に太い枝の上で立ち止まったミロが真顔で聞いてきた。 青い瞳が心なしか翳り、いかにも心配そうな様子にカミュの胸が痛くなる。 ミロは初めて出会った人間に好いて欲しいのだ。
つかまっていた腕に力をこめて抱きしめた。 ここなら誰に聞かれる心配もない。
「好きだ。 こんなにミロが好きだ。」
「よかった!」
ミロの笑顔が太陽のように輝いて見えた。

                                    



            だって、ミロカミュですから。
            ミロ様が、やいのやいのとせっつくので。
            
「………これは私からの告白か?」
            「誰が見たってそうだろ。 うん、結構な話だ。 ついでにキスもしてくれたらよかったのに。」
            「どうしてそうなるっ!」
            「誰も見てないし、この場合の俺の規範なんて、あってないようなものだからな。
             文明社会のくだらない見栄なんか捨てて、俺と二人で原始の中で愛し合おうじゃないか♪」
            「いやだっ!」
            「いいから、いいから♪」

            ミロ様、カミュ様で遊んでます。