その7   埋葬

海岸近くになると木々がまばらになってきて木漏れ日がミロの金髪をいっそう輝かせて美しい。 緑濃い密林の中にあって本人は知らないことだろうがひときわ目立つ。
「ミロの髪の色は金色だ。 金髪と呼ばれていてとても美しい。」
「でもここには俺のような髪の色の者は誰もいない。 カミュの髪も黒い。」
「白人の髪の色は様々で黒も茶色も赤っぽいのもあるが、金髪の人間もたくさんいる。」
「そうなのか? 仲間は気味悪がっていたが。」
肌が白いということだけでも違いすぎるのにそのうえ髪まで金色では容認されるのも難しかったろう。
「それは……このジャングルに他には金色のものがなかったから、変だと思われたのかも知れない。」
「金色のものなら俺の家にある。 そういえばたしかにジャングルの中にはなかったな。」

   家にある金色のものとはなんだろう?
   本があるくらいだから、元は誰かが住んでいたということになる
   すると金色の額縁とか装飾品だろうか?

こんなアフリカの奥地にいったい誰が住んでいたのだろうか。 ますますミロの家というのが気になって、カミュは一刻も早く見たくなってきた。

やがて久しぶりの波の音がして潮の香りも押し寄せてきた。
「あれだ。」
ミロが海岸から少し離れた草地を指差した。 それは丸太造りのがっしりした小屋というようなもので、明らかに作られてからだいぶ年月が経っているらしかった。 頑丈そうなドアと窓があり、むろんガラスなどはないのでほどよい太さの枝を縦横に組み合わせてはめこんであって、工夫のあとが偲ばれる。
「この家を見つけたのはいつ頃?」
「俺がまだ小さいときだ。 仲間は気にもしていなかったが、俺は中に入りたくてずいぶん長い間苦労した。 自分一人で来ることができるようになってからいろいろ試して、やっと中に入る方法がわかった。」
ミロがかんぬきを横にずらしてドアを押す。 分厚いドアが軋みをたてて開き、ミロに続いてカミュも足を踏み入れた。
まず目に入ったのは左側のテーブルの上に乗っている頭蓋骨だった。 ぎょっとして足がすくんだカミュとは違って、ミロは見慣れているのかまるで気にしない。 テーブルの前の椅子の上と床にもたくさんの骨が散らばっていて、椅子に腰掛けたままで亡くなったようにも思われる。 さらに右のベッドにも寝ている姿勢の遺骨があって息を飲む。 こんな凄惨な有様を見たことのないカミュにはきつすぎる情景だ。
ミロが一向に気にしないのは、ジャングルでは動物の骨があちこちにあるのが当たり前の生活をしているからなのだろう。
「これが俺の本だ。」
ミロがテーブルの上の本を取り上げた。 それは子供のための初歩の絵本で、たくさんの挿絵のそばに活字で単語が書いてあるわかりやすいものだった。 ミロが飽きずに読んだのだろう。 どのページも汚れて土のついた指でさわったあとがあちこちについている。 まだ小さかったミロが時間の経つのも忘れて床に座ってページをめくっている様子が想像できて、カミュの胸がちくりと痛む。
「この本の色のついた絵が面白くて何度も見ているときに、この横にある黒い小さな虫のようなものはなんだろうといつも思っていた。」
長い指が挿絵の一つを指差した。それはAの説明のページで、羽飾りをつけた黒人が矢を構えている絵のすぐそばに 「AはARCHERのA」 と書いてある。 ARCHER とは弓の射手のことである。
「なんのことだかさっぱりわからなかったが、ある日森の中で黒い人間が矢を構えて鹿を狙っているところを見つけて気がついた。 あれと同じだ、面白い! AはARCHERのAだ、って。」
つまりミロはこの本の絵を見て、それから実際の射手を見て、言葉の持つ役割を朧げながら悟ったということなのだ。
長い長い時間をかけてミロは言葉の意味を解きほぐし、使うあてもないままにたくさんの単語を覚え、文の理解を進めていったのだろう。 きっと生まれ持った人間としての本能が知的な行動を欲していたのに違いない。 知識に飢えていたミロの心をこの本が満たしたのである。
胸を突かれたカミュが目をそらした先に揺り篭らしきものがある。古びた赤ん坊のおもちゃが横においてあったが、カミュがいくら探してもこの小屋には子供の遺骨はどこにもなかった。

   もしかするとこの二体の遺骨は夫婦で赤ん坊もいて……
   だから子供の教育のための本があるのだろう
   それをミロが見つけて読んだのだ

おそらく船が難破して救命ボートに積めるだけの荷物を積んでこの海岸にたどりついたに違いない。 そしてなんとかしてこの小屋を作り、そののち二人とも亡くなったのだ。 こんな恐ろしい土地でどんなに淋しくつらいことだったろう。
自分よりもはるか以前に同じような目に遭って、ついに国に帰ることが叶わずに異郷で果てた人々がいたことを思うとカミュは涙を禁じ得ない。
涙を紛らわそうとほかの本に手を伸ばしてみるとすべてフランス語の本である。 してみると彼らは同国人だったに違いない。 なにか身元を示すものはないかと探しているとミロが一冊の本を差し出した。
「この本の字は形が違っていて読めなかった。 カミュはわかる?」
「え?」
めくってみるとそれは手書きの日記ではないか。 几帳面な字で日々の様子が綴られていた。 ところどころ注意深く読んだカミュが溜め息をつく。
「ミロ、この人たちは二十年前に私と同じように船が沈んでここにやってきて、とうとう国に帰れずに亡くなったのだ。 私の国では人が死んだら土に埋めて葬ることになっている。 私はこの人たちをそうしてやりたい。」
「わかった。」
部屋の隅にスコップを見つけて外のやわらかそうな地面に穴を掘り二人の遺骨を丁寧に並べてやると、それが誰のものかも知らずにミロが土をかけた。 海岸から大き目の石を拾ってきて墓石代わりに置いてやり、なにも捧げないのも忍びなくてカミュが近くの森に咲いていた花と緑の葉で土を覆っていると、こうした習慣をまったく知らないミロも自然にカミュを手伝った。
こうして、フランスを遠く離れた異郷の地で不幸な死を遂げた二人は、数奇な運命によって出会ったミロとカミュの手で丁重に葬られたのだった。

                                    



             衝撃的ですが、ほぼ原作通りのエピソードです。
             原作が日本では絶版になっているのが判明したので、
             簡略化してはありますが雰囲気を損なわないように注意して進みます。