少々流血がありますが話の流れとしては妥当であり、けっしてスプラッタなどではありません。
               時代設定も古いので表現もやや誇張してあります。 むろんご都合主義採用です。
               れっきとしたミロカミュ恋愛譚です、ええ、ほんと。


              ミロ様お誕生日特別企画

                    
阿 弗 利 加 物 語
                        アフリカものがたり

その1

アフリカ東岸の沖合いを航行していた大型ヨットが暴風雨に遭遇したのは五月初旬の明け方のことだ。
時は1900年代初頭、いまだレーダーや無線のない時代のことで、嵐の襲来を予期することもできずにヨットは三日三晩荒れ狂う波に翻弄されたあげくついに最後の時を迎えることになった。 沈没の兆しが見えてきたのだ。 嵐は収まってきていたが船底に浸水が発見され、乗員総出でかい出してもとても追いつかぬことが判明した。 沈むのを待っているよりは脱出した方がいいのは言うまでもない。
「諸君! 我々は本船を離れて救命ボートに乗り移り、助けを待つことになった! このような結果になりはなはだ不本意ではあるが、この航路は我がフランス海軍の巡視海域になっており、必ずや救助の手が差し伸べられると信じている! 各自すみやかにボートに移乗してくれ給え!」
船長の決断は迅速だった。
このことをなかば予期していた乗客たちはそれぞれ食料と水の入った缶をボートに積み込むと数名ずつに分かれて四艘の救命ボートに乗り込んだ。 ヨットから離れてしばらくすると海上に優雅な姿を見せていた白いヨットは船尾の方からゆっくりと沈み始め、愛船の最期を見る船長の目に涙が滲んだ。
「さらばだ!」
敬礼をする姿は寂しそうだった。

ボートに乗り移ったのは夕方のことですぐに暗くなり、互いの姿が見えなくなった。 しばらくは呼び合っていたのだが、やがてその声も間遠くなってすぐに孤独が訪れた。 カミュの乗っているボートには船員が三人乗っていて海流のことや今後の見通しを話し合っているが、そういうことに馴染みのないカミュは一人で心細く星を眺めているばかりだ。
アフリカ一周の船旅をしないかと友人に誘われたカミュがマルセイユを出たのは半月前のことで最初は至極順調だった。 天候にも恵まれ、生まれて初めて見る青海原は書物を相手に過ごしてきたカミュの心を弾ませた。 貴族の家柄に生まれてこれといった冒険もしてこなかった身には見るもの聞くものが珍しく、今までの机上の知識にはなかった新しい事を発見するのが嬉しくてならなかったものだ。
しかし、この現実はどうだろう。 広いアフリカ沖のただなかでちっぽけなボートに揺られている危うさがカミュの心を怯えさせ、板一枚下の計り知れない千尋の海の深さを思うと故国を離れるのではなかったという後悔が湧いてくる。 きっと助けが来るというはかない希望にしがみついて迫り来る恐怖と戦いながらとろとろとまどろみ、眼が覚めたときにはボートは広い海原にぽつんと浮かんでいるのだった。
「ちりぢりになった方が発見の可能性が高くなります。 どれか一艘でも発見されればすぐに捜索が開始されますよ。」
船員たちが海のことを知らぬカミュを慰めてくれた。
貴重な食料と水を分け合い、船底にたたんであった帆布を広げて容赦なく照りつける日差しを避けること一週間、食料も水もあと一日で尽きるという明け方にアフリカ大陸の海岸線が見えたときは全員が抱き合って喜んだ。 替り合って二本の櫂でボートを漕いでいると、陸へと向かう風もゆっくりと手伝ってくれ、ついに数時間後に彼らは固いアフリカの大地を踏んだのである。ずっと揺られ続けていたので、立っていても足元が揺れているような気がするのはおかしなものだ。

「やれやれ、やっと助かった! もっともこれからが大変だが。」
見回すとこの辺りは果物が豊富なようで、途中で立ち寄ってきたアフリカの港で手に入れることのできたのと同じ果物が近くの木になっている。 きれいな水の小川もあって彼らを喜ばせた。
「ついてるな! アフリカの沿岸ではもっとも条件がいいところのようだ!」
アフリカはまったく初めてのカミュと違い経験豊富な船員は、相談した結果すぐに今夜のねぐらを作り始めた。
「ジャングルの中には猛獣がいますのでね。 木の上に横になれるところを作らないと安心して寝られません。」
ありがたいことにボートにはのこぎりやロープも積んである。 なるべくまっすぐな木の枝を選んで床板にちょうどいい長さに切ると、横枝の張り具合が手ごろな木を探してロープで上手い具合にくくり付け、日暮れまでには不恰好ながらなんとかねぐらが出来上がった。 地面からは2メートルほど離れているので湿気もあまりない。
外仕事に慣れないカミュも必死で手伝い、白い手にだいぶ傷ができたもののこの成果には満足した。
それから果物と小川から汲んできた新鮮な水で簡単な食事を摂ると綿のように疲れた身体を横たえる。 夜のジャングルからは、昼間には聞こえなかった様々な物音が聞こえて恐ろしい。 
突然すぐ近くの木が揺れてギャッギャッと叫ぶ生き物はいったいなんだろう?
遠くからカサコソと近寄ってくるのは獣か猿か?
疲れているのに緊張の度合いも激しくて、まんじりともしない夜が更けていった。

日中は果物を摂り、ささやかな住まいの手入れに時間を費やした。 帆布で屋根と囲いを作り、手すりのようなものもなんとか取り付けたので転がり落ちる心配もなくなった。 ほっとしたところで気にかかるのは救助のことだ。 余った帆布を海岸近くの木に旗のように取り付けて遠くからでも目立つようにしてあるが、発見されるのはいったいいつになることか。
「このあたりはいろいろな国の船の定期航路になっていますから、きっとそのうちに助けが来ますよ。」
若いカミュの気を引き立てようと船員が励ましてくれ、カミュも周囲の植物の育ち方や夜空の星の観察に注意を向ける心のゆとりができてきた頃だ。
そろそろ周りの木の果物を取り尽くしていたのでだんだんと周囲の奥の方まで足を伸ばし、やっと頭より少し高い木の枝に真っ赤な大きい実を見つけたカミュが手を伸ばしたときだ。 いきなり後ろから黒い手が伸びてきて身体をぐっと捕まえられた。
「あっ!」
その叫び声もすぐに大きな手でふさがれてカミュは気を失った。

気がついた時にはジャングルの中を担がれて運ばれていた。 何人ものアフリカの蛮族がてんでに弓や槍を持ち、カミュにはわからない言葉を話しながら道もない密林の中を進んでゆく。 ぞっとして逃れようとすると、担ぎなおされただけで何の役にも立たなかった。 黒い肌の筋肉が盛り上がり、体力でも気力でもまったく勝てないことを思い知らされたカミュは黙って恐ろしい運命へと運ばれていくしかなかったのだ。
一時間も歩いたろうか、蛮族の村に着いた。簡素な藁葺き屋根の住居がたくさんあってその中央の広場には赤々と焚き火が燃えている。 カミュを担いだ一行が広場に入ると歓声を上げた男や女が一斉に出てきててんでに白い頬をつついたりまっすぐな髪を引っ張ったりして珍しがるのだ。 けっして歓迎できない運命を悟ったカミュが恐怖のあまり眼を閉じているとどさっと地面に下ろされた。
指導者らしい年寄りの男が進み出てきてわけのわからぬ言葉で演説するとどうやらカミュの運命が決まったらしい。 ぐいっと手を引かれて立たされて広場の端にある一本の杭に身体を縛られた。 どす黒く汚れているのはもしかしたら過去にもここに縛られた誰かの血のあとかも知れず心臓が縮む。 眼をぎらぎらさせた蛮族の戦士が槍を持ちながら歌い踊り始め、聞きなれない太鼓の音が密林を揺るがした。 ぞっとしたカミュが傍らを見ると石と木で作られた祭壇のようなものがあり、果物やあまり考えたくないなにか恐ろしげな干からびた褐色のものが供えられているようだ。 どうやら蛮族の神へカミュ自身が捧げ物にされることが確実なようで、せめて即死の幸運が与えられるようにと祈らずにはいられない。 しかし、槍を突き刺されて苦しみ悶えるさまを楽しむつもりではないかという恐ろしい予感さえしてくるのだ。
踊りの輪の中から一人の頑丈そうな男が近づいてきたかと思うとカミュの胸をはだけて槍先で10センチほど切り傷をつけた。 白い胸に赤い血がたらたらと流れ、その色が彼らを刺激して耳をふさぎたくなるような叫び声があがる。 歌と踊りがぴたりとやんでリズミカルな太鼓の音だけが激しさを増し、もう一人の男がカミュの左肩を刺した。
「うっ…!」
深い傷ではなかったが、獲物の苦痛の声と表情が凄惨な祭事の幕開けの合図になった。 どっと歓声が上がり何人もの戦士が槍を構えて寄ってきて奇声を上げる。 なぶり殺しの運命をカミュは覚悟した。