その24  手 紙


父上、母上、アフロディエンヌ姉さま、シュラーヌ姉さま、皆様お変わりありませんか?
昨日トゥールーズに無事到着しました。 午後遅くに着いたので手紙を書くのが今日になったことをお許しください。

旅の途中は驚くことばかりで、いかに自分がものを知らなかったかよくわかりました。
ミロのおかげで旅籠というところに初めて泊まり、朝はニワトリの声で目が覚めました。
とても大きい声でまるで枕の横で鳴いているかと思うくらいです、ニワトリがコクリコ! と鳴くのは姉さまはご存知でしたか?
そのニワトリの産んだ卵で作ったオムレツがとても美味しくて感心しました。 
卵を産むのはニワトリだと知っていましたが、すぐそばにいるニワトリが産んだ卵を集めてきて食べるなんて!
それから、卵を産むのは雌のニワトリで、コクリコと鳴いていたのは雄だから卵は産まないのだそうです、雌はコッコッと鳴くのだそうです。
このことは、いまミロに聞きました。
ここトゥールーズにもニワトリはたくさん飼われているらしいのですが、城からは遠いところにいるので朝には聞こえませんでした。
そのかわり窓の外の大きいマロニエに可愛い小鳥がたくさんきていて、その声で目が覚めました。
申し遅れました、昨夜はトゥールーズ城の二階の部屋で過ごしました。 ミロの私有の屋敷に移るのはもう少しあとのようです。

最後の宿はガロンヌ川のそばのアジャンで、ここの大聖堂が見事だというので見に行きました。
400年ほど前に立てられたそうでとても美しいものです、機会があったら姉さま方にもご覧いただきたいものです。
アジャンの宿を出発すると半日も経たないうちにトゥールーズ伯爵の所領に入りました。
豊かな農地と緑の森や丘陵地がどこまでも広がり、たいそう美しい土地柄です。
ミロの馬車にはトゥールーズ家の紋章がついているので、すれ違う郷士の馬車はみんな速度を落として道をよけて挨拶をしてくれますし、畑仕事をしている人たちは遠くからでもすぐに見分けて帽子を取って敬意を表してくれるのです、ほんとうに驚きます。
ミロは、「 あれは紋章を見て領主である父に対して礼儀を尽くしているのであって、俺に対するものじゃない。」 と言いますが、たまたま向こうからやってきた馬車が伯爵の知り合いの方らしく、馬車を停めて少し話をしたときにミロのことをとても丁寧に、ミロ様、と呼んでいましたから、ミロもちゃんと尊敬されているのがよくわかります。
この土地では伯爵の一族は古くからの領主でとても敬意を払われています。
大きな声では言えませんが、まったくこの土地に来ない国王陛下よりも、昔からの領主の伯爵家の方がずっと親しみを持たれていて人々の尊敬を集めているらしいです。

さて、ミロから大体の話は聞いていましたがトゥールーズ城はとても広壮で素晴らしいところです。 
大きさは、リシュリュー枢機卿の住居のパレ・カルディナルくらいはありそうで、ミロの話では部屋数は50くらいというのですが、これは伯爵家の人々が使う部屋のことであって、使用人のための区画は計算に入らないらしく、実際の部屋数はミロにもわからないらしいです。
城の周りはきれいに手入された芝生が広がり、所々に何百年も立ったような大きい木が生えていてそのうちの一本には太く張り出した横枝にブランコがつけられています。
ミロも小さいときにはよく遊んでいたそうで、つい羨ましがったら 「では明日になったら新しいブランコを取りつけさせよう。 これはもう古くなっていてロープが切れるかもしれない。」 というのです。
恐縮しましたが、そんなわけで明日は初めてブランコに乗ります。 こんなふうに何もかも初めてで、そのたびにミロに面白がられています。
城の周りは広々としていて、ここだけで馬を充分に走らせることができそうですが、城の東側にある厩舎の向こう側には広い馬場があるそうで、私の馬の練習はそこで始めることになります。
厩舎には馬が20頭ほどいて、ミロのお気に入りは栗毛の牡馬で名前はポムです。
馬の名前がポム (りんご) というのは珍しいと思って理由を聞いてみたら、名付けたのはミロなのだそうです。
小さいときに、この仔馬がお前の馬だから名前を考えてごらん、と言われて一生懸命知恵を絞っていたら誰かがその仔馬にリンゴを食べさせたのでその場で 「ポムにする!」 と言ったらしく、そのままになったのだとか。
今から考えるとちょっと安易だったかな、とミロは言いますが、子供らしくていいのではないでしょうか。 名前は可愛いけれど素晴らしい駿馬で風のように走るそうです。
ここに滞在している間は、乗りやすい馬を選んでくれて、それに私が乗るようになるそうです。 ここにいる間にギャロップができるように頑張ります。

トゥールーズ伯爵は、父上も宮廷でお会いになったことがおありだとお聞きしていますが、背が高くてとても立派な方でいらっしゃいます。
この眼のことをどうお思いになるか気がかりだったのですが、ミロが事前に手紙でよく説明してくれていたのでほんとうに自然に迎えてくださいました。 奥様もとてもきれいな方で素晴らしく親切にしてくださるのです。
初めてご挨拶するとき、ミロが私のことを 「パリで出会った一番美しい目の持ち主です。」 と紹介するのでどきどきしましたが、伯爵夫妻はにっこりと微笑んでくださり、「ようこそ、トゥールーズへ! 夏の間、どうぞゆっくりとお過ごしください。」 と仰ってくださいました。
そのあと小応接室で、といってもうちの応接室よりずっと広いのですが、お茶をいただきながら楽しく過ごさせていただきました。
ちょっとどきどきしましたが、パリでミロの兄上ご夫妻にお目にかかっていますし、なんとかうまく話ができました、もちろんミロがうまく計らってくれたおかげです。

夏が来るまでは、屋敷から出ることなく暮らしていくのだと思っていたのに、この変わりようは自分でも信じられません。
すべてはミロのおかげです。
晩餐前にいったん部屋に戻ったときにミロに改めて感謝したら 「友だちのために尽くすのは当然だから気にすることはない。」 と言ってくれました。
よい友人は一生の宝だと聞きますが、まったくその通りです。 私も機会があったらミロのために尽くしたいと思っています。
ミロの考えでは、私はものを知らなすぎるので、トゥールーズにいる間に魚釣りや木登りや虫捕りや、そのほかいろいろなことを経験するほうがいいというのです。
これらは子供の頃に経験することらしいのですが、「ブーローニュでやるのはこの歳では恥ずかしいが、ここならいっこうにかまわない。」 とミロは言います。
牛の乳しぼりというのも見せてくれるそうです。
何のことかわからなくて聞いたのですが、そのときまで秘密だ、と言ってちっとも教えてくれません。
姉さまは何のことかご存知でしょうか?

それから最初に書くべきでしたが、トレヴィル侯爵夫人にお目にかかったことをお伝えせねばなりません。
オルレアンを出たあとでトレヴィル侯爵夫人の馬車に行き会い、ミロが挨拶したあとでこの私も馬車のおそばに寄ってご挨拶をしました。
ミロがとてもよく紹介してくれて、夫人も最初は驚かれたようでしたがルビーのようにきれいな眼だと励ましてくださり、パリのお住まいへのご招待も受けさせていただいたのです。
夫人は母上のことをご存知でいらっしゃるようでしたので、そのことにも驚きました。
お別れしてからミロが、「これで安心だ。」 ととても喜んでくれました。 なんでも、トレヴィル侯爵夫人はパリの社交界でたいへんに力をお持ちだそうで、そのかたに認めていただければこれほど心強いことはないということです。 夫人も一ヶ月間、トゥールーズにご滞在なさったその帰り道だそうです。

今日はブランコの試し乗りをしてからギャロップの練習をして、午後にはマス釣りに行く予定です。
いいマスが釣れたらそれを料理して晩餐のメニューに加えるのだそうで、それを聞いたときにはびっくりしました。
マスを焼くときのバターも城の近くの農場で毎朝作っているのだそうです。作りたてのバターはとても美味しい、とミロは言います。
パリではとても考えられないことです。
この手紙をお読みになる頃には馬に乗って緑の野を自由に駆け回れるようになるだろうとミロが言っています、とても楽しみです。

ではまたお便りいたします。
トゥールーズから、父上、母上、姉さま方のご健康を祈っています。


追伸
手紙というものを初めて書いたので、うまく書けているかどうか心配です。
おかしいところがあったらパリに帰ったときに教えてくださると嬉しいです。
ミロに眼を通して欲しいと頼んだら、家族への手紙を他人に見せるものではない、と言われましたので。
追伸、という書き方もミロに教わったところです。

                                               カミュ ・ フランソワ ・ ド ・ アルベール