その34  恋 人 た ち

「銃士隊のほうも暇そうだな。」
「日々の勤務は相変わらずだから暇と言うわけではない。 今月も幾つか護衛隊との騒ぎがあったが、いずれもささやかなものでとくに問題となるようなものではないな。」
「ルーブルで大きな舞踏会でもあれば警備の人員配備がたいへんだろうが、この真夏にはなんの予定もないからな。 ミロの奴にくっついてトゥールーズに行けばよかったぜ。」
「でも今日は予定がある。 パリに残ったのも無駄ではなかったということだ。」
「ああ、まったくだ!」
夏の陽射しを避けながら馬を進めるのはレオナールとディスマルクだ。 今日は非番とみえてレオナールも趣味のいい流行りの服を着こなして、洒落者と評判のディスマルクにいささかもひけをとるものではない。 二人揃ってサン・トレノ街のアルベール邸の門内に入るとすぐにプランシェが二人の来訪を奥に伝えにいった。

今日の二人がアルベール邸にやってきたのは、カミュの二人の姉、アフロディエンヌとシュラーヌに会うためである。 この訪問はすでに五回目を数え、伯爵夫妻もおおいに歓迎しているのだ。
えっ、いつの間に? とお思いであろうが、そこはパリジャンの二人に抜かりがあるものではない。 かの星猫亭で初めてカミュに会ったときに姉が二人いることを聞いて、

   ふうむ………カミュがこれほどの美形なら、その姉もどれほど美しいことか

と思ったのだから、この成り行きも当然と言えよう。 その後、何度か食事に招かれているうちにアフロディエンヌとシュラーヌにも紹介され親しく交際が進み始めたところなのだ。 二人の令嬢の方でも、これまではカミュの紅い目のことが気がかりでその秘密を隠したままで人との交際を積極的にする気持ちにはなれなかったのだが、レオナールもディスマルクもカミュのことなら先刻承知なのでなにを気にすることもない。 それに加えてあのトゥールーズ伯爵家のミロの友人となれば人柄も家柄も折り紙つきの青年貴族に違いなかった。。
「正直なところ、俺はアフロディエンヌ嬢が好きだ。 お前の方はシュラーヌ嬢で間違いはないだろうな?」
「ほう! 私は時期をみてシュラーヌ嬢に申し込むつもりだ。 だが、こちらの令嬢とお付き合いするならお前のこれまでの恋愛沙汰はきっちりと清算しろよ。 生半可な気持ちで交際するのでは、アフロディエンヌ嬢はもとよりミロにもカミュにも迷惑をかけることになる。」
「ああ、わかってる。 そっちの方ならきっぱりとやめた。 身奇麗なものさ。」
「すると、お前と義兄弟になるのか?」
「あれ? なにか不満でも?」
「いや、ただミロがあきれるだろうと思って。」
「そりゃ、そうだ。 それに、カミュという可愛い義弟ができることになる。 さぞかしミロが嫉妬するだろうな。」
「さて? 庇護者が増えて安心するんじゃないのか?」
「そうとも言える。」
にこやかな笑みを浮かべながらホールで小声で話していると伯爵夫妻が現れた。
「これはこれは、ようこそ!」
「まもなく二人とも降りてまいりますわ。」
挨拶を交わして近頃の宮廷の話に花を咲かせているとやがてアフロディエンヌとシュラーヌが姿を見せた。
「いつもに増してお美しい!」
微笑を浮かべたディスマルクが優雅な物腰でアフロディエンヌの差し出した指先に口付けると、
「どんなに美しいドレスもあなたの美にはかなうものではありません!」
負けじとばかりにレオナールがシュラーヌの指先に唇を寄せる。
ディスマルクがアフロディエンヌの頬を染めさせ、レオナールもシュラーヌから花のような微笑を返されるこの恋は幸いなことに競合することもなく極めて順調だ。
風通しのよい応接間でしばらく歓談しているとほどよいところで伯爵夫妻が席をはずし、あとは若い四人だけの話となるのが通例だ。
この当時のフランスの貴族は十代の妻を娶るのがごく当たり前で、アフロディエンヌとシュラーヌのように二十歳を過ぎても未婚でいるのは珍しい。 なにしろ跡継ぎであるべきカミュが社交界には無縁であったため、婿を取ってアルベール家を継がせるかどうかが伯爵の悩みの種であったのだ。 れっきとした長男がいるのにそれもどうかと躊躇しているうちにアフロディエンヌは23歳、妹のシュラーヌは21歳となり、これまでにも結婚の話は多々あったのだが伯爵がカミュの紅い目のことをそっと打ち明けるといずれも怖じ気をふるって 「この話はなかったことに」 と断ってくることが殆どだった。
むろんそんなことはカミュにはけっして悟らせぬようにしているが、二人の娘が未婚のままで終るのかと嘆息していたところに現れたのがミロでありその友人のレオナールとディスマルクだったのだから伯爵夫妻の歓待することは一通りではない。 一人息子のカミュにはミロという庇護者を兼ねた知己ができ、その友人の二人が娘のそれぞれと恋をし始めているという状況が夢のようでならないのだ。

「それで、弟からまた手紙が来ましたの。」
「ほう!今度はなんと?」
ミロは手紙を書きはしないが、初めて旅をしたカミュからは様子を知らせる便りが頻繁に届き、二組の恋人達を楽しませている。 なにしろあまりにも世の中のことを知らなかったカミュの初々しいといってよい新発見の報告記は、こう言ってはなんだがまことに面白いのだ。
「先日の手紙には魚釣りや乳絞りのことが書いてありましたけれど、今度はお城で隠れんぼをしたのだそうですわ。」
「隠れんぼ!」
レオナールとディスマルクのあきれ返ったような反応にアフロディエンヌがくすりと笑う。
「サガ様とカノン様のお子様方と遊んで差し上げたらしいので、なにも弟だけがミロ様に相手をしていただいたというのではありませんのよ。 6人のお子様方がお城の探検をなさりたがっておいでのようなので、3階フロアに場所を限って隠れんぼをしたのですって。」
「いい年をした男二人が城で隠れんぼというのはいくらなんでもおかしいと思いましたが、そういうことですか。」
「ミロが乗馬や剣を教えるのは納得できるが、隠れんぼが得意とは思わないが。」
「小さかった頃に隠れんぼをしなかったわけではないのですけれど、わたくしたちが女なものですからドレスが汚れるようなところには隠れなかったものですぐに見つかるところにしか隠れられなくて。 それでつまらなくてそれっきり隠れんぼはしなかったんですの。」
シュラーヌが言うのももっともで、小さいころでもレースやドレープのたっぷりとした美しいドレスを着込んでいてはカーテンの陰に隠れているのがせいぜいだったろう。 アルベール邸はそれ相応に広くはあるが、隠れられる場所はやはり限られる。
「3階だけといっても部屋数が何十もあって、探すのがたいへんだと書いてありますわ。 」
「ほう! さすがはトゥールーズだな! 」
「で、何回目かには隠れるコツがわかったので絶対に見つかりそうにない小さい戸棚の中に身をひそめていたら鬼の役のミロ様がなかなか見つけてくれなくて、何回も部屋には入っていらっしゃるものの、戸棚の近くまで来て立ち止まられてもそのまま出てゆかれて」
「それは大変だ。」
「戸棚の中が暗くて身動きができないでいるうちに、ドラゴンが出てきて食べられてしまうような気がしてきて」
「ドラゴンっ!!」
「泣きたくなったときになって、ついにミロ様が来てくれて」
「それで?」
「ほっとしたあまり涙が止まらなくなってミロ様に慰められたのだそうです。」
「はぁ〜〜……」
顔を見合わせてくすくす笑っているアフロディエンヌとシュラーヌとは違い、男たちの思考は別のところに飛んでゆく。

   ミロのやつ、わざとやってないか??
   仔犬や仔猫じゃあるまいし、
   勝手知ったるトゥールーズの城で、人一人が入れるくらいの戸棚を何回も見逃すというのはおかしいのでは?
   カミュ可愛さのあまり、さんざん怖がらせてから助け出して騎士の気分を楽しんでるとか?

「それで弟は、搭のてっぺんの部屋に幽閉されていた姫君が騎士に助けられたときの気分がわかったのだそうですわ。 ほんとに子供みたいで、ミロ様にずいぶんご迷惑をおかけしているのではないかしら。」

   ………やっぱり!!

「大丈夫でしょう、ミロは世話好きですし。 トゥールーズ滞在はいろいろと勉強になるということですね。」
真面目な顔でレオナールが頷いた。
「もしドラゴンが出てきたら、このディスマルク・ロワイエ・ド・キャンサールが命をかけてお守りいたしますからどうぞご安心ください!」
胸に手を当てて重々しく一礼するディスマルクを見てはレオナールも黙ってはいられない。
「搭の上に閉じ込められるようなことがありましたら、このレオナール・アイオリッシュ・ド・ランベールが即刻お救いに上がります!」
「まあ、頼もしいお言葉を!」
「その節にはどうぞよろしくお願いいたしますね!」
明るい笑い声が応接間からこぼれてきて図書室にいた伯爵を微笑ませた。


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