その4  秘密

「いきなりあんなことをしてすまなかったが、叫ばれても困るので。」
叫ばれては困るというのは事実だが、普通ならキスなどせずに手で口を塞ぐに決まっている。そこのところが苦しい言い訳だと自分でも思うものの、女と間違えたというのも面映い。幸いなことに、カミュは自分が女と間違われたことには気付いてないらしい。
「ミロ………は、なぜ私の部屋に?」
「ああ、それは冒険♪」
「冒険って………ひとつ間違えば盗賊と誤解されるのに?」
「そのスリルがいいんだよ、おかげでカミュに会えたし。」

冒険というのは咄嗟に口から出た言葉だが、まんざら間違いというわけでもない。
二十歳ともなると異性に対する興味関心が湧いてきて、あちこちの舞踏会に行けば美しく着飾った令嬢たちに目が行くのだが、いずれも同じように見えてまったく個性がわからない。話しかければ扇子で口元を隠しながらしとやかに笑ってしなを作り、そつのない会話を弾ませるのもみな同じで、むせかえるような香水の香りまで変わらないように思えてくる。
こちらから声をかけなくても人を介して紹介されることも数多く、あたりさわりのない会話をしながら人柄を見極めようと思っても、取り繕いすぎてきれいに着飾った人形と話しているようなのだ。それでは面白味もなければ、ましてや恋に発展するはずがないではないか。
きれいに化粧をしているが、素顔ははたしてどんなものか?
毎日の暮らしぶりやほんとうの性格はどうなのか?

そこで、恋の求道者を目指すミロは、めぼしい屋敷を私的に訪問し、そこの令嬢の暮らしぶりを垣間見ることを始めたものである。
私的な訪問といえば聞こえはいいが、その実態は住居不法侵入に他ならぬ。 しかし、この時代には 「 よくあること 」 で、罪の意識もさほどない。 そのかわりに発見されれば、盗賊と間違われていきなり剣を抜いて切りかかってこられる可能性もありはする。

   それならそれで、お相手しよう
   多少の危険は冒さなきゃ、望む果実は得られない!

こうしたわけであちこちの屋敷を 「 訪問 」 していたミロが出逢ったのが、いま目の前にいるカミュ・フランソワ・ド・アルベールだったのだ。
訪問される側にしてみれば実に無礼な話だが、あまり世間を知らないらしいカミュは、「冒険」 という単純極まりないミロの説明に不思議がりながらもそれ以上の追求をしてこない。

   普通なら怒るところなんだがな?
   娘なら、いきなりキスされたら恥じらうとか恐がるとか泣くとかするだろうが、男が男にキスされたんだぜ?!
   俺だったら、いきなり部屋に入ってきたやつにキスされたら一発お見舞いするところだが………

「私は、こんなふうに人と会うのが初めてで…」
その言葉からすると、当初の驚きから覚めたカミュは、突然キスされたことよりも、ミロが現れたこと自体に興味を持ったようなのだ。まだ二言三言しか話していないのだが、明るくて人をそらさないミロの人柄がわかったのだろう。こんな尋常ならざる出会いをしたわりには、カミュは警戒するということを思いつかないらしい。
さっきからベッドに並んで腰掛けて話し込んでいるところなどは旧知の間柄のようにも見える。
「アルベール伯爵家には娘が二人だけだと思ったが、伯爵の甥とか?」
アルベール伯の縁戚関係にあまり詳しくないミロには ほかに考えようがないのだ。娘しかいないアルベール伯が、よい婿を物色中だという話は聞いている。
「私は………」
カミュがうつむいた。
「ここの………長男だ。 アルベール伯は私の父だ。」
「えっ?!でも、跡継ぎがいないって聞いてるが。」
思わぬことを聞いたミロが問いただすのも当然だ。 男にしてはきれい過ぎるが、というより普通の女よりも遥かにきれいだが、だからといって跡継ぎである事実を隠す理由にはならないだろう。
「私は外には出られない…」
「病気か? でも、病気でも跡継ぎは跡継ぎだ。」
「そうではない。 そうではなくて………」
カミュが肩を震わせた。
「私には友達もいない。私のことを知っているのはこの屋敷の者だけだ。 馬には乗れるが屋敷の外に行ったことはない。 時々は馬車で出かけても、どこにも寄らずに景色を見て帰ってくるだけだ。 私は………」
膝の上に置いたこぶしが小刻みに震え、ひとしずくの涙が落ちた。わけがわからないままにミロはカミュの肩を抱き寄せている。
「私の目は紅いのだ………こんな目を持つものは私しかいない。 人は恐れて近寄らぬ。 これでは伯爵家は継げぬ………」
「紅いって………そんなふうには見えなかったが?」
意外なことを聞いたミロが覗き込もうとするが、カミュはますます顔をそむけてしまう。
「ここは暗いから………だからミロにはわからないのだ……私は…」
「気にするな!」
あっと思ったときにはミロの胸に抱き寄せられていた。