その5  理解

「俺の髪は見ての通りの金色だ。 金の髪を持つ者は多いが、もし、この世に俺一人だったら、さぞかし奇異の眼で見られるだろう。 仮に水色の髪の人間が多ければなんとも思われないだろう。 カミュの……お前の紅い目は数が少ないだけで、ちゃんとしたきれいな目だよ。 俺のことがよく見えるんだろう?」
「見える…」
「本も読める? 青い空も見える? 夜空の小さい星も見える?」
ひとつひとつの質問にカミュは頷いてゆく。
「それなら大丈夫だ、世間が気にしてもお前は気にするな。それで……アルベール伯には大切にしてもらっている?」
ミロはそっと部屋を見回した。
家具調度は素晴らしい。 この紫檀に象牙の象嵌が施された猫足の寄木造りのサイドテーブルの代価で庶民の一家がゆうに二、三年は暮らせるに違いないし、カミュが身につけている質の良い夜着や手入れの行き届いた髪などを見れば大丈夫だとは思うのだが、ていのいい軟禁ということも有り得るのだ。しかし、ほっとしたことにそれはなかった。
「とてもよく! 父上も母上もずっと気にかけてくれていて、私の小さいときから遊び友達に同年齢の子を呼んでくれていたが、表面では仲良くできても内心では私を恐れていることがわかってきて、こちらから付き合いを絶った………それからはもう誰とも会っていないし、一人の知り合いもいない。」
あまりの寂しい暮らしにミロはひそかに溜め息をついた。 伯爵家に生まれながら、カミュの世界はこの屋敷の中にしかないも同然なのだ。
「でも、」
そのミロの気分を察したのか、腕の中のカミュが努めて明るい声で言う。
「教育はきちんと受けた。 音楽も学問も馬も、一流の家庭教師を呼び恥ずかしくない程度には身につけたつもりだ。 英語もフランドル語も話せる。 毎日のように馬車で外出し、降りることはしないがいろいろなところを見て歩く。」
「それを聞いて安心したよ。 でも、まだ足りないものが一つある! 今日からは俺がお前の友達になってやろう、これからもたびたび来よう。」
「ミロ………」
カミュはごくりと唾を飲み込んだ。 言いたくはないけれど、言わなくてはならない。
「今は暗いからそう言ってくれるけれど、明るいところで見たらミロだってきっといやな気がするに違いない……キスしてくれたのも眼の色がわからなかったからで…」
言葉の最後は震えてしまい、嗚咽と変わらなくなってくる。
屋敷内の人間はよく知っていることだが、やはりつらいこともあるのだろう。これから先の人生を考えれば暗くなるのも当然だ。
いくら両親や姉妹たちが気を引き立てようとしても部屋に引きこもってしまうことも多いのに違いない。
「まだ昼間は会えないから、俺がお前の目をはっきりと見ることはないんだよ。存在が公表されていないんだから堂々と昼に訪問できるわけがない。 だから毎晩こっそり来よう。 そしてもっと話をして理解し合おう。そうすればお互いをもっと好きになれる。 そうなったら眼の色を気にすることもない、だって好きなんだからな!それから機会を見て正式に訪問しよう、そのときにお前の目を真正面から見て、にっこり笑って挨拶してやるよ。」
「ミロ………」
ここまで自分を思いやってくれる人間に会えたことが嬉しくてカミュは泣いた。
外の風を運んでくれるミロの言葉が嬉しくて、人生に希望の光が差したことが嬉しくて、身体をふるわせてカミュは泣いた。
「俺の領地はトゥールーズにある。 パリから遠く離れ、人心は素朴で寛容だ。パリの空気はよくない、人目もありすぎる。 そのうちに連れて行こう、きっと気が晴れる。丘陵地で馬を走らせるのは気持ちがいいぜ! この屋敷の中だけじゃ、そんなには走らせられないだろう?ギャロップ ( 全力疾走 ) を教えてやるよ。 俺の友達も紹介しよう、みんな気のいいやつばかりだから、きっとうまく行く。」
夢のような話にカミュは頬を紅潮させる。
「ほんとに………ほんとにそんなことがあるだろうか…?」
「大丈夫だよ、父の一声でお前の地位は安泰だ、誰にも後ろ指は指させない。父は俺に甘くてね、末っ子だから目の中に入れても痛くないってやつだ。 その俺の友達なんだから大丈夫だ。」
「ミロの父上とは…?」
「まだ言ってなかったかな。 トゥールーズ伯爵だ。」
カミュが、あっと息を飲んだ。 トゥールーズ伯といえば古くからの家柄でフランスでも五指に入るほどの大貴族である。13世紀に名目上 フランス王の支配下に組み込まれたものの、今でも南フランスの一大勢力なのだ。いかに世間に出ないカミュといえどもこのくらいの一般常識や学問は身につけている。
「だから大丈夫! 俺がお前を守ってやろう。 兄たちにはもう子供もいるから、俺は自由にやっていいんだよ。」
「ん………」
「ねぇ、もっとキスしていい?」
「え………あの……」
返事も待たずにミロが額に頬に真っ赤な耳朶に唇を寄せる。でも今度は唇には触れもしないのだ。
「唇はもっと親しくなってから………もっと俺を好きになってから……」

   もう…ずいぶん好きなのだけれど………

でもカミュも待つことにした。 もっと好きになってもらうまで。
これからの毎晩の積み重ねがそれを可能にしてくれる筈なのだから。