その6 甘い夜
それからミロの訪問は毎晩続き、カミュも十数年来変化のなかった日常を大きく変えてくれるそれを楽しみに待つようになっている。
「遅くなってすまない。
今夜はコンデ公の舞踏会を途中で抜けてきた。」
「ミロ…」
会えばまず抱きしめるのが通例となり、カミュも待ちかねたように身体を預けるのだ。友人というには近すぎて、恋人というにはやや距離がある不思議な仲は、最初の出会いがキスと抱擁だったこともあって、二人にとってはいかにも自然なものなのだ。
お互いの家のことや趣味のことを話していると共通することもあれば違うこともあり、毎日が新しい発見で感心したり驚いたりである。
年が同じだということも二人をより近づけている。
「それじゃ、音楽も?」
「私が外に出られないのでリュートもチェンバロもずいぶん。
ダンスもかなり。」
「俺はダンスは人並みだけど音楽の方はちょっと……そのかわり剣と馬はお手の物だ!
誰と決闘しても負ける気がしない。」
「決闘など…!」
カミュが蒼ざめてミロを見た。
初めてできた友達の身を案じて不安がこみ上げてきたらしい。
「大丈夫だよ、決闘なんかしない。
俺はカミュをトゥールーズに連れて行くんだからな。そこでお前に剣を教えなきゃならないんだから、決闘なんてしてる暇はないんだよ、安心して……」
「ん…」
深夜の訪問者のことはまだ内密で、自分ではなんのもてなしもできないカミュに代わってミロが持ち込んだワインとチーズとバケットがささやかな夜食となり、あまり酒に強くないカミュが頬を染めるのもいつものことだ。
「あまり飲めない?」
「ん………いつも家族と食事をするときにグラス1杯くらいだろうか。」
そういえば、友人たちと飲んで騒ぐということを一度も経験したことのないカミュなのだ。 それどころか、そんな風に楽しむ時間の使い方があるのだということを知っているかどうかも疑問ではないか。
「それではあまり酔わないかな? 酔いが回ると楽しいぜ、普段の自分より饒舌になって気分が浮き浮きしてくる。みんなで騒ぐときもあれば、親しい友人と二人だけで話をするときもある。 どんなときにもワインは欠かせない。」
聞いていたカミュが、すっと目を伏せた。
あ………悪いことを言ったかな……………
これじゃ、まるで俺に友達がたくさんいることを自慢してるみたいじゃないか……!
「ねぇ、カミュ……俺のことが好き?」
「好きだ……ミロがきてくれてこれほど嬉しいことはない。」
「俺もお前が好きだ……だから……」
「だから…なに?」
そっと引き寄せるとためらいがちに身を寄せてくる。
外に出て運動するということがないせいか、背丈は同じだというのに幾分細身な体つきでなんとなく女性を思わせるものがある。
最初の晩に勘違いしたのも、今にして思えば無理もない。
「だから、特別なワインの飲ませ方をしてもいい?」
「特別って?」
「つまり、こういうこと♪」
グラスを取ったミロはほんの少し口に含むと、そのままカミュに唇を重ねてきた。背中に回された手に支えられて幾分仰向けにされたかと思うと、温かいワインがゆっくりと流れ込んでくる。
………あ…ミロ……………キスと…ワインと……
ミロの思いがけない振る舞いに、紅潮していた頬がさらに色を増し、抱かれる身体はミロの熱さにたえかねたのか、微かに悶えてその手ごたえがなんともいえぬのだ。頃合を見て唇を離してやると白い喉がゆっくりと動いてワインを飲み下し、そのあとで二、三度軽く咳き込んだ。
「大丈夫だった?」
胸に抱き取り背中を軽くさすってやると、小さな溜め息をついてミロの胸にもたれかかってくるのがたまらない。甘やかな髪の匂いがミロの心を騒がせる。
「好きだと、誰とでもあんなふうにワインを?」
真顔でそう尋ねられてはミロとしても照れるというものだ。
「いや、誰とでもじゃなくて………あれは………そう、特別な飲み方で。 特別に好きだと、あんなふうにしたくなるんだよ。」
「ん………私はなにも知らなくて…」
「もっといろいろなことを教えたい………カミュ……今夜はもっと愛してもいい?」
困ったように溜め息をついているその耳元にそっとミロがささやいた。
「もっと?」
不思議そうにミロを見る瞳は、仄かな蝋燭の灯りではなんとなく赤味を帯びているようにしか見えないが、昼の光の中では果たしてどれほどの紅さなのだろう。
真紅に近いのか、それとも暗赤色なのか。
蝋燭を顔に近づければかなりよくわかるのだろうが、そこまでするのも気の毒なようで自然に任せているミロなのだ。
「つまり、こういうこと……」
カミュの形のよいあごにそっと手を添えてミロは口付けてゆく。
蜜をたたえた唇がおののきながらミロを迎え入れ、しばらくの触れ合いののちにミロが名残惜しげに離してやると、たえかねたようにワインの香りの甘い吐息が洩らされた。
「息ができないと困るから、次はほかのところに♪」
「…え?」
やさしく横たえてゆき、許しは請わずに首筋から肩へと唇を滑らせる。薄い夜着はいつの間にか肩からはずされてなめらかな白い肌が覗いていた。
「あ………ミロ…」
髪からのぞく濃い朱の耳朶を軽く含みながら淡く色づいた胸の蕾に触れてゆくと、しなやかな身体が大きく震え、ミロの背に回されていた手に力が加わった。
「ああ…………そんなことを…」
「愛してる、カミュ………大事にするから……」
丹念な、しかし思い切った動作が闇の中でひそやかに続き、もうカミュにはそれをどうすることもできないのだ。
「ミ………ロ………」
名を呼ぶ声に答えるものは、熱く震える唇と
頬に触れゆく金の髪。
「カミュ…」
その名を呼ばれて返されるのは、甘く切ない溜め息と
心を絡める白い腕。
「愛してる………こんなに、こんなに愛してる……」
「私も………」
やさしい眼差しとあふれる想いが夜に溶けていった。
⇒