副読本その17   「あと十日」


「 陶枕というのには驚いたな、ほんとにあるのか?」
「 うむ、実際にある。今回、時代考証が追いつかないのでとりあえず画像を用意した。 左のフレーム中の 『 陶枕その1 』 に詳しい説明がある。」
「 ・・・・・・ほう、これはまたすごい量だな! う〜んと・・・・・・お前にはbS17が似合うと思うぜ。 番号もいいし、形もまろやかでぴったりだ。」

   ふうむ、この枕の上にカミュが頭を乗せ、艶やかな髪が流れる如くに広がるってわけか!
   ぜひ見たいものだが、どう考えてもギリシアでは無理な相談だな、いや、惜しいものだ・・・・。

「 陶枕の他にも、箱枕には金蒔絵や螺鈿細工のものもある。 おそらく日本の大名などが使ったものだろうが、贅沢なものだ。」
「 しかし、陶枕は暑い夏の夜に頭を冷やすためのものだというからわからんでもないが、この箱枕ってのはいったいなんだ? こんな形では寝にくいだろうが。」
「 ああ、その時代は髪を髷(まげ)に結っていたらしい。 それが崩れるのを防ぐために、そこにそっと首筋を乗せて寝たようだな。」
ミロはもう一度写真の数々を眺めてみた。
「 冗談じゃないぜ、寝相が悪くなくても、こんな枕で寝たら朝まで熟睡できるとは思えんな。 始終目を覚まして、自分が正しい姿勢で寝ているか確かめるってわけか。」
「 全くだ、寝ている間も品行方正を要求される。特にお前には難しいかもしれん。」

   いいんだよ、眠ってないで起きているときには!
   まあ、これを言うのはやめておこう・・・。
   それにしても「髷を結う」か・・・・・ちょっとくらい言ってみるかな?

「 なあ、カミュ・・・・・・お前、髪を結ってみようと思ったことないか?」
「 ・・・・・・なに?! なぜ私が髪を結わなければならんのだ?」
「 なぜって、そう言われても困るが・・・・・・」
「 すると、お前はなんの理由もなく、そんな意味のないことを言ったのか?」
するどく切り返されてミロはたじたじとなる。
「 いや、だからさ、そんなに長くて綺麗な髪だから、結い上げたらさぞかし映えるだろうと・・・・」
「 ほう、ならばシャカにも言ってみたらどうだ?あの透き通るような金髪はさらにいい眺めではないのか?」
冷たく言われたミロの脳裏に、髪を結い上げているシャカの画像が浮かんだ。

   ありがたくて涙が出るぜっ!
   俺が見たかったのは、シャカじゃなくて、お前なんだよっ!

そのまま黙り込んだままのミロに、カミュがちらと目をやった。 ミロは口を開こうとせず、座ったきりだ。
お互い黙り合っているうちに、いつの間にか窓を通して忍び込んできた寒さが、カミュを震わせた。

   このくらいの寒さなどなんでもないはずのに・・・・ミロは・・・・・・寒くないだろうか・・・?
   シャカのことなど言わなければよかったかもしれぬ。
   ミロはそんなことなど、何も言ってはいなかった・・・・。
   私の髪を誉めてくれるのはいつものことだし、ミロにはなにも悪気などなかったのだ、
   なぜあんなことを言ってしまったのだろう・・・・・・?

「 ミロ・・・・・・」
後ろからそっとミロの肩に手を置くと、その暖かさがカミュをほっとさせる。 振り返らぬままにその手を取ったミロが呟いた。
「 あと十日・・・・」
「 ・・・え?」
「 あと十日でお前の誕生日だ・・・・・・・・白銀の挿頭(かざし)を贈るわけにはいかないが、なにがお前にふさわしいか考えている・・・・・・」
もしも燕に生まれて身分が高ければ、カミュも当たり前のように髪を結い上げて挿頭をつけたのだろう。

  そうだ、ただそれだけのことだったのに・・・・・・

カミュがミロの波打つ髪に頬を寄せた。
「 陶枕もよいかもしれぬが、今は冬だし・・・・・・ミロ・・・お前の腕枕のほうが良さそうだ。」
最後のほうはかすれた小声で聞き取りにくかったが、ミロにははっきり伝わった。
「 俺の腕は枕には低すぎるかもしれないが、結い上げていなければ髪が乱れても別に困ることはあるまい。」
返事のできないでいるカミュの手に、ミロが優しく口付けた。



        ←戻る            ⇒招涼伝第十八回        ⇒副読本その18