副読本その18  「なれそめ」


「 ふふふっ!」
「 なにを笑っている?」
「 なにをって、決まってるだろ?やっと、ここに至ってお前の気持ちが出てきたんだぜ? 待てば海路の日和かな、だ。俺は実に嬉しいね、これでやっと昭王も報われるってもんだ。」
ミロはお気に入りの椅子で深い溜め息をつくと、満足げにカミュを見た。
「 それにしても遅すぎるよ、お前。昭王の方はお前に会ってすぐに好きになったんだぜ?」
ここでミロはもの言いたげなカミュの視線にあい、いそいで付け加えた。
「 いいたいことはわかる。 なにしろ昭王が自分の気持ちにはっきりと気付いたのは、あの豪雨の夜だからな。 しかし、お前が天勝宮にやって来たその日に滞在を勧め、しかも自分が引き払って以来誰にも住まわせずにいた翠宝殿にお前を住まわせることに決めたのは、当然、昭王だろう? この意味するところはだな、自分では意識していなかったものの一目見てお前が好きになったってことだよ。」
「 しかし、それはいささか我田引水とはいえないか? たまたま他の殿舎がふさがっていて、翠宝殿だけが空いていたのかもしれぬ。」
「 それならそれでいいんだよ、大事にとっておいた思い出深い翠宝殿にお前が入ることになったのも天の配剤だ。 昭王は満足したと思うぜ。」
「 まあ、昔物語だし、お前がそう思いたいのなら私は別にかまわぬが。」
カミュは苦笑しながらミロの前にグラスを置いた。 その拍子に長い髪がさらと肩から流れて揺れる。

    ほんとにきれいだ!
    誰が何といってもこんなにきれいな髪はありはしない。
    カミュはまったく気にしていないようだが、女ならどれほど誇りに思うことだろう。

先日は少々気まずいこともあったが、それもすぐに解消できたのでミロにはなんの不安も無い。
「 俺はお前に会ってすぐに好きになったぜ、そりゃあ、今とはまた意味が違っていたが。 お前はいつごろから、そのう・・・・俺のことを?」
「 私か? そうだな・・・・・はっきりとは言えぬ。」
「 なんだ、薄情だな、わからないのか?」
カミュはちょっと答えをためらった。 ミロにはまだ言ったことがなかったのだ。
「 いつのころからか・・・私の心の中にお前が忍び込んできた。 とてもゆっくりだったので最初はわからなかったのだ。 気付いたときには、そう・・・・・・お前も知っての通り、抜き差しならぬ羽目におちいっていたということだが。」
カミュが照れたように笑うのがとても珍しくて、ミロは思わず見つめてしまう。 その視線に気付いたカミュが、今度はちょっと怒ったように横を向いた。

    それって、お前が昭王を好きになったのと同じ過程じゃないのか?
    ゆっくりと、そして確実に、だ!

ミロはもう一つ溜め息をつくと、グラスに手を伸ばした。 カミュはまだ横を向いている。
その手が所在なげに髪をかきあげたとき、桜色に染まった耳朶がちらと見えた。

  

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