「 どう? もう、満足した?」
「 ………そんなことを聞くな……」
「 ふふふ………すまん、つい……」
もう一度口付けしてから、ミロは真面目な顔になった。
「 それで、どうなってるんだ? 昭王とお前は?」
「 ……それを私が口で言うのか?」
「 なんなら身体で教えてくれてもいいんだぜ♪」
「 口で言わせてもらおう………」
ほのかな灯りの下でもカミュが頬を赤らめたのがわかり、ミロを楽しませるのだ。
カミュがしぶしぶ口を開いた。
「 前回の終りで抱きすくめられているし、その後、今回の冒頭では時間の経過が示されているので、
その間……その……抱かれているだろうと思われる。」
「 うん、それは俺もわかる。 しかし、気になるのは、その抱かれ方なんだが?」
「 抱かれ方って…………」
カミュは絶句せずにはいられない。
こともあろうに、昭王がどのようにしていたか具体的に言わせたいのか、この男は???
「 そ、そんなことは私も知らぬっっ!知るわけがなかろうっっっ!!!」
「 だからさ、類推でいいんだから、お前の考えを聞きたいね、
いくらなんだって佩刀を投げ捨てただけじゃまずかろう。」
類推? すると論理的に推論を言えと?
ふうむ………このままではいつものパターンでミロのペースに乗せられてしまうのは目に見えている。
たまにはこちらが主導権を取ってみるのもよかろう。
「 では、この件につき推論を述べる。」
「 ん? なんだ? えらく固いな、なにもそんなに生真面目にしなくても………」
「 喜べ。 お前の要求に応じてやるのだ、黙って聞いていてもらおう。」
「………ああ…わかった……けど、なんか違うな………」
「 黙って聞くように!」
「 はい………」
「 まず、昭王の衣装だが、説明によると饗応のための正装のようだ。
こうした衣装は刺繍も手が込んでいて、取り扱いには慎重を期する必要がある。
動作としては腰掛けるくらいがせいぜいで、しわにならぬよう留意せねばならぬだろう。
寝るなどとはもってのほかだ。
なにしろ、夜明けには天勝宮に帰らねばならぬ身だ、
以前、宴会のあとの昭王が侍僕に世話されて就寝する様子を読んだことがあるが、
その世話を一切受けずに朝まで正装のままでいたことをどのように取り繕うのかは、私は知らぬ。
おそらく、太后がうまく理由付けをして、周囲に疑問を抱かせぬようにするのであろう。
しかし、それでも、翌日には侍僕の手により、衣装を脱がねばならぬのは間違いない。
現代に生きるお前や私とはわけが違うのだ、昭王の衣装の更衣には、必ず人の手を介さねばならぬ。
そのときに妙にしわが寄っていたり、草の葉が付いていてもよろしくないということは昭王にも想像がつくので、
この場合は、昔の私との合意がとれた時点で脱いだものと思われる。」
「 それそれ! 俺はそこのところが聞きたかったんだよ♪」
「 黙って聞く!!」
つい、口を滑らせたミロが、カミュの鋭い一瞥にあい、慌てて口をつぐむ。
「 しかし、脱いだといってもすべて脱ぐ必要はないものと思われる。」
「 え? なんで??」
「 なにか、言ったか?」
「 いや、なにもっ!」
今夜のカミュにつけ入る隙はなさそうで、思惑が外れたミロは恨めしそうだが、そんなことは気にしないカミュである。。
ここで、恥らおうものなら、
すぐにミロに抱きしめられ口付けられてそのまま流される破目になるのはわかりきっている。
論理を貫けば、恐れることは何もない!
「 なんといっても、昭王には初めての野外での、それも女人とではない逢瀬なので、緊張しているはずだ。
人里はなれた山中とはいえ、人が来ないとも限らぬし、
天勝宮で大事が起これば、貴鬼がやむを得ずやってくる可能性も否定はできない。
そこで、万が一に備えて、一番下に着込んでいる肌着には袖を通したままでいるだろう、
なにしろ、燕の時代も、ここ日本と同じく、キモノ形式の衣服なのだ。
脱がなくてもなんら問題はない、わかるな?ミロ。」
同意を求められたミロがしっかりと頷き、相好を崩しかけたが、カミュの視線にあい、慌てて表情を引き締める。
よし! きわどい個所だったが、ここで踏みとどまったのは、我ながら上出来といえるだろう ♪
この調子で最後まで押し切りたいものだ。
「 さらに読み進むと、昔の私のまぶたに槐の花が触れている。
この記述からわかるのは、横になっていたこと、そして目を閉じていたことだ。
立位もしくは座位では、まぶたに触れることはない。
まどろんでいたのかもしれぬが、いずれにしても穏やかな心理状態であると推測されよう。
その前のシーンでは昭王が髪を愛でているが、
『密かに掌に掬ってみた』 とあるので、気付かれぬようにそっと、という気持ちがうかがえる。
ここからも、『目 は閉じているが充足してまどろんでいる』 状態であるのがわかるだろう。」
頼むから、充足の根拠は訊いてくれるな、ミロ!
そんなことは私も言いたくはないし、昭王も言われたくはないはずだ!
カミュがほっとしたことには、ミロはこの展開に唖然としているらしく、うんうんと頷いて納得しているらしい。
カミュは先を急ぐことにした。
ミロが我に返っていつもの手腕に物を言わせたら、カミュにも耐え抜く自信はないのである。
「 『昭王の声音にも腕 (かいな) にも、思わず知らず力がこもるのであった。』
この記述から、昭王が昔の私を抱きしめているらしいことがわかる。
このように、直接的に 『抱く』 とは表現せずに、そのことを匂わせるに留めるのは、
王権に対する畏敬の念の表れと見ることができよう。
およそ最高位にある者の行為については、意識的に、このような間接的な表現で曖昧に記述し、
読み手に内容を類推させることが往々にして行なわれる。
この手法がさらに効果的に使われているのは、
最後から二行目の 『 濃密かつ忍びやかな所作は倦むことを知らぬ。 』 の部分だ。
『 所作 』 と は、『 おこない・その場に応じた身のこなし・しぐさ 』 の意で、要するに行為一般を指すが、
このように一般には使われない語を選択することにより、
昭王の行動を尊貴なものと規定し、よからぬ邪推を排除する役目を果たしている。
そして、『 倦む 』 とは、『 同じ状態が長く続いていやになる。あきる 』 の意であるから、
『 倦むことを知らぬ 』 とは、すなわち、『 飽きることなく続く 』 と同義になる。
このように、行為を直接的に記述せずに曖昧にぼかしつつ、なおかつ必要なことは盛り込み、
あとは読み手の理解に任せると言うのは、面白いやり方だが、その反面、危険でもある。」
「 危険って、なにがだ?」
「 つまり、読み手の嗜好によって、限りなく高雅にも解釈できるが、その対極も有り得るということだ。
むろん、私は、燕の昭王を高く評価し、その人品を買っているので、
所作の内容を具体的に考えることなどはせぬ。
高貴な存在に対しては、それなりの礼節を尽くすべきだからだ。無礼は厳に慎まねばならぬ。
お前はどうなのだ?ミロ。」
こうたたみかけられて、ミロに異論の出せるはずもない。
「 もちろん、俺も同じだ。昭王はそれ自体尊重すべき存在だし、ましてや俺自身でもあるのだからな。
最高の敬意をもって遇するべきだろう。」
「 よかろう。」
カミュが得たりとばかりに頷いた。
「 これだけ意見の一致を見れば満足だ。 いい夜だった。」
「 あ……ああ、そうだな…うん、そうだと思う。」
かなり冷汗ものだったが、なんとかミロを煙に巻くことができたようだ。
なんとなく納得できないミロがこっそり首をかしげているのがおかしくて、笑いをかみ殺すカミュだった。
⇒こんな話では納得できない方のための別室