副読本その34 「 酔芙蓉 」


夕食のあと離れに戻り、いつも通りにチェックを入れると、久しぶりに招涼伝がアップされていた。
二人して読んでいると、カミュが恥ずかしそうにうつむいたりしているのに、ミロといえば、まるでチャシャ猫のように、にやにや笑いの度合いがどんどん大きくなってゆく。 しまいには、ふくみ笑いではこらえきれずに声を立てて笑うのだ。
「おかしなやつだな! なにがそんなに可笑しい??」
「いや、可笑しいんじゃなくってさ………嬉しくってしょうがないんだよ、俺は!貴鬼のお前を褒め上げることといったら、俺にしてもこれ以上は望めないくらいだ。 よく言ってくれた! 満足だね♪」
「ミロ、これは昔の私の話で、私自身とは違うのだから………」
そう言うカミュの声には、いささか説得力が欠けている。 いかに論理を重視するカミュといえども、これだけ長くこの物語と付き合っていれば、無理からぬことであったろう。
「ほかのやつらにはそう言って押し通すが、俺たちの間ではそうはいかないぜ。お前もこれが事実だってことは認めてるんだからな。
 それを証明するだけのものを俺たちはすでに手に入れている。」
そう言ったミロがつと立ち上がると、寝室から小筥を持って来た。中から銀の櫛を取り出すと、丁寧に艶やかな髪を梳きはじめる。
「ミロ…………」
甘やかな香りが匂いたち、ミロの心をくすぐってゆく。 この続きは隣りで……、と自らを戒たミロが話題を変えた。
「ところで、今回は貴鬼の独壇場か? あいつすごいじゃないか! きっと今ごろ白羊宮で、ムウをつかまえて興奮してるぜ。」
「貴鬼は、やはり読んでいるのだろうか? それはちょっと………」
「なんだ、気にしてるのか? 今さら仕方ないだろうが。 読んでるのは貴鬼だけじゃないんだぜ、サガと老師にURLを教えたのはお前
 だし、デスとアフロはうるさくてかなわんが、俺はもう気にしないことにした。 まだ読んでないのはアイオリアだけじゃないのか?」
「それはわかっているが、貴鬼が本気にしても困ると思って……」
「ムウがうまくやってくれるさ。 『 虚構の物語を信じ込むようでは立派な聖闘士にはなれないのですよ、貴鬼。 』 とか言うんだぜ。」
ムウの仕草まで真似てみせるミロに思わず笑みのこぼれるカミュである。

「お前さ………天勝宮でずいぶん人気があるんだな。」
「え?」
「お前にラブレターやらプレゼントやらをことづけようと、女官たちの来訪が引きも切らずじゃないか♪」
「そんなことは私は知らぬ。 貴鬼が全部断ったし、私が何も知らぬはずだと言っているではないか。」
「ああ、そうだ。 さすがは俺だけのことはある、ほうっておいたら何が起こるかお見通しなんだからな………」
櫛を小筥に戻したミロが、つんとして横を向いたカミュの唇をとらえる。
「あ………」
「昭王は予感がしたんだよ、きっと……この麗人を守らねばならぬ、いつかは我が物になるって………」
「まさか……」
「俺のことをわかってないな? ほんとだから♪」
「………そう…かな……?」
「俺を信じろよ……カミュ……」
「わかった………」
ミロの手を取ったカミュがそっと頬を寄せた。

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