落 窪 物 語

其の壱  姫君  

わたくしの主人カミュ様は、金牛中納言様の一の姫君で、お心立てはたいそうおやさしくご器量も人並みすぐれていらっしゃいます。 この春で御歳 (おんとし )二十歳 ( はたち ) になられたカミュ様は、世間の並みの姫君ならばとうに婿君をお迎えになられるお年ですのに、今もお独りでおられます。
と申しますのは、金牛中納言様の現在の北の方様はカミュ様の本当のお母さまではなく、カミュ様のまことのお母さまが亡くなられたあとでおいでになった方なのです。 この北の方様はご自分がお生みになった二の姫様をたいそうお可愛がりになり、申し上げるのも悔しいことながら、カミュ様を冷たくおあしらいになり、一段と見下げたお取り扱いをなさるのです。
カミュ様は御気立てもよろしく、そのような心外なお扱いをお受けになられてもけっしてご不満をお持ちになるようなお方ではございません。 お裁縫が得意でいらっしゃるので、北の方様から次々にたくさんの縫い物をいいつけられても嫌な顔一つなさらずに夜も寝ずに縫い物にお励みになられるのが、わたくしの目からはたいそうもったいなく、また悔しく思われるのでした。
このごろは、二の姫様に婿君デスマスク様をお迎えになられ、その方にお誂えになる数々の装束の御仕立てをカミュ様がお引き受けになり、一段とお忙しくなられて、お身体に障るのではと心配でならないのですが、
「私はかまいませぬ、そなたこそ、私のところと二の姫さまのところを行ったり来たりして疲れているでしょうに、今夜は早くおやすみなさい。」
とおやさしいお言葉をかけてくださるのがまことにもったいなく思われるのです。
カミュ様の仰せになるとおりで、カミュ様の乳姉妹であるわたくしはただひとりだけこちらにお仕えしているのですが、北の方様はわたくしの器量と機転がきくのを見込まれて、しばしば二の姫様のところにお召しになるのです。
とくに婿君様がおいでになるときには、カミュ様にどんなご用事がおありになろうとも、呼びつけられて夜遅くまで働かねばならず、お一人でおいでになるカミュ様のことが気がかりでならないのですが、ほんの少しの間も戻る暇などないのです。 どんなにご不自由かと思うと居ても立ってもいられない気がいたします。
それに、二の姫様の婿君様がカミュ様のお仕立てになられた衣装をご覧になり、
「ほんとにこちらのお屋敷で仕立てる衣装はよい出来栄えだ! よい女房を抱えていて羨ましいことだ!私も宮中で鼻が高い!」
などと仰せになられるのを聞くと、悔しくて悔しくて涙も滲もうというものではありませんか。

このようにカミュ様のお裁縫の腕を当てにしておいでの北の方様は、カミュ様にもそろそろ婿君を迎えてはどうか、と中納言様が仰せになるたびに、
「あの子は気もきかなければ器量も悪く、とても人並みの婿を迎えさせることなどできません。 あたら婿を迎えて人に侮られるより、ここにおいてやって裁縫をしているほうが本人のためでございますよ。」
などとありもしないことを言って、お気持ちの素直でいらっしゃる中納言様をいいくるめておしまいになるのです。
そんなにひどいお扱いを受けておいでになるのに、北の方様からはカミュ様のお召しになるようなろくな衣装もいただけません。 やっといただけるのは二の姫様の着古して色も褪めたような小袿 ( こうちぎ ) や袴ばかりで、寒い冬の日にはそんな衣装を何枚も重ね着して寒さに震えておいでのこともおありなのでした。
そんなお気の毒ななりをしておいでになっても、カミュ様のお美しさはいささかも揺らぐことはなく、このお方こそまさに帝のお后にもふさわしい姫君様と思うにつけ、なんとかしてお幸せになっていただきたいと思わずにはいられません。

いただいているお部屋も屋敷のはずれの、他の場所よりいちだんと落ち窪んだ暗い部屋で、とても中納言様の一の姫様のお暮らしになるようなところではございません。 口惜しく情けなく、思い余って、
「このような心無いお取り扱いにはもう我慢がいたしかねます。」
と申し上げますと、カミュ様はやさしく微笑まれ、
「私のような余計者をこのお屋敷に置いていただけるだけでもありがたいと思っています。 そなたも私のことには気を使わなくてよいから、二の姫さまのところでよくお仕えするがよい。 私のところとは違って、あそこならそなたも袿などをいただけることもあるではありませんか。 こんなによく仕えてくれるのに、着物の一枚もそなたにあげられなくてすまないと思っています。」
と仰せになられるのが哀しくもあり、また、よくもまあ、このようにご立派にお育ちになられたもの、と嬉しくもあるのでした。 それにしても、二の姫様のところで衣装をいただけるわたくしの方がカミュ様より見栄えのよい格好をしているのがまことにもうしわけなく思われるのです。

                                 ⇒ 続く