並みの旅館なら夕食に匹敵するほどの品数が並ぶ朝食はカルディアとデジェルを不審がらせながらとどこおりなく進み、最後のデザートが出てきた。 「ふうむ、この夕張メロンというのはなかなかの美味じゃな。おぬしらはいつもこんなものを食べておるのか?聖域では教皇の食事でもこんなものは滅多に出てこんぞ。昨夜の十勝牛のステーキもとろけるようじゃった。ほんとに日本というのは旨いものにあふれておるな。わしも引退後はこの宿で静養でもするか。」 「引退って?」 ドキッとする発言に反応したのはデジェルだけだ。ミロとカミュは胸中に渦巻くものが多すぎてなにも言えないし、カルディアはカルディアでまるでシオンがここにいないかのごとくふるまっていて知らん顔だ。 引退だ? 俺たちよりも若くてピチピチだろうが! もしかして、俺があまり無視するんで、その気もないのに嫌がらせでここに押しかけてくるつもりか? 居すわられちゃ迷惑極まりないから、心臓の調子が今ひとつで安静が必要だと言って断るに限るな ここは俺たち四人のいわば聖域だ あとから来て勝手に入るんじゃない! 夕張メロンの最後の一切れをぱくっと口に入れたカルディアが面白くなさそうに頬を膨らませた。隣にいるデジェルはそのカルディアの気分がわかるだけに気が気ではない。冥界戦の折に復活したシオンが五人の青銅たちに 「うろたえるな、小僧どもっ!」 とい言ってあっさりと投げ飛ばしたことは聞いていないが、堪忍袋の緒を切らしたシオンがいきなり怒りを爆発させる可能性もあるとデジェルはみている。 「引退など早すぎるだろう。アテナの恩寵により復活した我々は、いわば第二の人生を歩み始めたばかりだ。これからの聖域のために力を奮ってもらわねば。」 ところがデジェルがそう言ったとたん、ミロの小宇宙がいきなり乱高下し、カミュの緊張が高まった。 え? なんだ? これはまるで昨日の… カルディアとデジェルが同時にそう思ったとき、 「シオン……昨日の話ですが、お受けします。」 静かな口調でカミュがそう言った。このことを予期していたミロが少しうつむき唇を噛みしめる。小宇宙も心拍数もとても平時とは思えないほど高潮し、もはや誰の顔も見られない。 「受けるって、なにを?いったいなんの話だ?」 あまりにも不自然な様子にさすがに黙っていられなくなったカルディアが口をはさんだ。 「カミュに教皇職を引き継いでもらう。その話じゃ。」 「なんだって!」 カルディアが吠えた。 「そんなっ!そんなことってあるか!カミュが教皇になるなんて、俺は聞いてないっ!」 「当たり前じゃ、おぬしには関係ないからのぅ。 わしとカミュで話をつけた。」 「だって、そんなっ! おい、カミュ!お前、それでいいのかっ!?そんな話を受けるって正気か?教皇なんかになったら……」 カルディアは言葉を失った。 嘘だろ、おい! カミュが教皇になったらミロはどうなる? 二度とカミュを抱けないだろうが! それどころかろくに話もできないんじゃないのか? 教皇服を着たカミュの前でミロがひざまずくなんて洒落にならないぜ! そんな馬鹿な図式はまっぴらごめんだ! もしも自分だったら…とカルディアは蒼白になった。やっと生き返って思いを伝えることができて、さあこれからというときにデジェルが教皇職に就いたとしたら…… それから先の人生は灰色である。鬱々として楽しまず、なにを見ても色褪せて見えるだろう。誰とも話をする気が起きず、そんな自分に嫌気がさしてますます落ち込んでいく自分が見えるような気がした。 周りから同情の目で見られるのは苦痛でしかないし、といって逃げ出すこともできはしない。黄金の身で自宮に引きこもっているわけにもいかず、無理やり職務に励めばやがて教皇になったデジェルと相対せねばならない。 きついぜ……そんな暮らしがミロを待ってるっていうのか!? カミュだって苦しいに決まってる 毎晩のようにミロに抱かれて満たされていたのに、これから先 死ぬまで孤閨を守れってか?? 俺はデジェルにそんな思いはさせたくないし、ミロだって同じだろう! 「シオンはもう長い間、教皇として聖域を導いてくださった。熟慮の末に次代の教皇として私を指名してくださったのにお断りしたら失礼にあたるだろう。むろん、私にはお断りする理由などない。謹んでお受けしようと思う。」 淡々としてそう言ったカミュが視線を落とした。ミロも何も言わない。いや、言えないのだ。 「そういうことじゃ。本人も納得しておる。外野がとやかく言うことではあるまいと思うがな。」 含み笑いをしたシオンが茶を啜った。 「しかし意見くらいは聞いてやってもよいぞ。わしとしても先代の仲間は貴重じゃ。童虎の考えは聞かずともわかっているが、おぬしらの考えを聞かぬほど狭量ではないのでな。」 ……え?決定じゃないのか? シオンは何を考えている? 「では離れに戻るとしよう。今日も旨かったのう。明日が楽しみじゃて。教皇のわしを差し置いてほんとに贅沢をしておるな、実にけしからん。」 さらにミロとカミュの肝を冷やしながら上機嫌のシオンが先頭に立って離れに向かった。 → |
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