その3
「………あれ?」
この部屋は………一、二、三……これは六畳間だろう。
俺たちが滞在している離れは十畳間と八畳間の続き部屋、それに三畳の控えの間と茶室等で構成されている。
今までに泊まった京都や箱根の宿でも、小さくても、三畳くらいの次の間付きの八畳間に泊まっていたので六畳間というのはとても狭く見えるのだ。
そもそも一部屋だけの構成というのが初めてだ。
「渓流と山に挟まれた狭隘な立地条件であることを考えると、六畳間と廊下通路を作るだけで精一杯だったのだろう。
山側にできるだけ広く土地を残しておかぬと、万が一、雪崩が起きたとき建物にまで被害が及ぶ。」
「なるほどね、しかし、俺たちが入ると妙に狭く思えるな。」
「道後温泉で通された三階の部屋も六畳だったが。」
「あれは寝なかったから別にかまわんが、ここにフトンを敷いたら……」
ふふふ、それならそれでいいじゃないか
こんなに狭くてはフトンの間を空けてる場合じゃないからな、最初からくっつけて敷くしかあるまい
宿の者に知れぬようにあとからくっつける手間が省けて、結構なことだ
俺がそんなことを考えてにんまりとしていると、宿の老人と話していたカミュが振り向いた。
「ミロ、この宿は昔からの湯治場の雰囲気を色濃く残していて、布団の上げ下げは客が行なうのだそうだ。 私たちが慣れぬ外人客と見て、親切にも説明してくれた。」
「ふうん、そんなことは一向にかまわんさ。 フトンの上げ下ろしなんかは離れでも臨時にやっているから慣れたものだ。」
なにげなく言ったのだが、カミュが顔を赤らめる。 ちょっとまずかっただろうか?
なにしろあの離れのサービスは完璧で、俺たちが食事処に行っている間に寝具を整えて清掃をし、花を生け替え、季節にふさわしいインテリアにそっくり変わっていたりもするのだ。
リネン類は毎日交換され、それも洗いざらしのものなどあったためしがなく、浴衣も毎月の季節の柄に交換される。
嵐の晩の翌朝でも朝食から帰ると窓ガラスまでぴかぴかに磨きたてられているのは実に気持ちがいい。
床の間の掛け軸も半月ごとに書と絵画が交代で掛かり、今までに同じものなど見たことがない。 それに触発されたカミュはこのごろでは書道にも興味を持ったようで、宿に頼んで道具を取り寄せ、きちんと正座をして俺にはよくわからん字を書いていたりする。
それをまた美穂が褒めちぎるものだから、あのカミュが嬉しいと思ったのか、なんと頬を染めたのにはじつに驚いた。
社交辞令なのか本当に上手いのか、俺にはさっぱりわからない。
色艶系の話以外で赤面したのなんて、今までに見たことがないぜ!
それこそ小さいときに、サガあたりから 「 君は小宇宙が上手に燃やせるね!」 とかいって誉められて以来じゃないのか?
「もちろんこの部屋には水回りはない。 浴室は廊下の突き当たりに露天風呂があり、別棟に普通の浴室もある。
午前十時から一時間の清掃がある以外は24時間入浴可能だ。」
それは湯治場なんだから当然だろう、なんといっても温泉だ、温泉!
部屋の狭さなど、温泉の泉質に比べればたいした問題ではないからな
「食事はここまで運んできてくれるが配膳は自分たちでする。 それから、これが重大だが…」
そのとき宿の老人が、ひょいっと手を伸ばして天井に吊るしてあったランプを手に取った。
……あれ? ここにもランプが……
老人はポケットからマッチを取り出し、まるでシベリアでカミュがやるときみたいに慣れた様子で灯をつけると、お辞儀をして出て行った。
「おいっ!」
「この宿は 『 ランプの宿 』 として広く知られているそうだ。 日本全国にランプの宿を標榜する施設は数多いが、その多くは電気も併用しているのが現実だ。 しかし、この宿は母屋こそ冷蔵庫や電話に電気を使ってはいるが、我々のいる宿泊棟には電気は一切引いてない。 すべての照明はこのランプでまかなわれる。 この戸棚に予備のランプがあるので、入浴するときには自分で灯をつけて携行すればよいのだ。」
「ふううう〜〜ん!」
「知らずに予約したのか?」
「初めて知ったぜ。 宿の主人がここの特徴を教えてくれようとしたが、聞かない方が面白いと思って断った。」
「お前らしいな。」
「まあいいさ、ランプならシベリアで使い慣れてる。 ちょっと懐かしくていいじゃないか。」
外はすっかり日が暮れたが、雪の白さがあたりを明るく見せている。
「食事までは時間がある。 先に露天風呂にでも行くのが良いかもしれぬ。」
「え…? 露天風呂って……だってお前は…」
俺がいぶかしげに見ると、カミュがちょっと照れたように横を向いた。
「シーズンが始まったばかりなので、今夜の泊り客は我々だけだそうだ。 だから…」
最高の宿じゃないか!
ランプに頭をぶつけそうにしながら俺はカミュにキスをした。
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