その6


明け方近くに目が覚めたのは覆うもののない肩がフトンから出ていたせいらしい。 ちょっと身震いして隣に眠るカミュの様子を確かめる。 やわらかい寝息が嬉しくてそっと額に口付けてゆくと、なにか声にならない溜め息をついて俺に身を寄せてきた。 俺がカミュを抱いたのは2月14日以来のことで、あれから二十日以上も経っている。

   ゆうべはちょっと度が過ぎただろうか……?
   なにしろ久しぶりだったので、お互いにかなりテンションが高かったからな…

カミュに与えた仕草の数々とそれに応えてきたカミュの素直すぎる反応が我知らず俺の頬を染めさせ、もう一度…、という気を起こさせた。 暖かいフトンの中でそっと確かめていくと 「 あっ… 」 と小さな声を上げ身をよじって逃れようとするが、あいにくこちらにはそんなことを許す気はないのだ。
「逃がさないから…」
含み笑いをしながらやさしく抱きこんでゆき甘い口付けを与えれば、俺の愛に狎れた身体に震えが走り歓びの色に頬を染めるのがいとおしい。
「ミロ……もう朝が来るのに…」
「……だからお前を愛したいんだよ。」
恥ずかしそうに訴えるカミュを軽くいなしながら、弱いところをさぐってこちらのペースに引き込んでゆくのはわけもない。 ほんの少しのつもりが、気がついたら双方とも夢中になっている。
「ミロ……ミロ………そんなに私が……好きか…?」
「好きだとも! ここも、ここも、それからここも。」
「……あっ」
次々と弱いところに唇を押し当ててゆくと、たまらずに洩れる喘ぎが耳にこころよい。
「ミロ……もう…だめだから……ほんとうに私は………ああ…」

   そんなことを言っても許さない
   心の底ではなにを思っている?
   もっと……もっと…俺にほんとうのことを聞かせて………

さらにやさしく、しかし的確にカミュをいつくしめばいつくしむほど、俺の想いは深くなりカミュの惑乱の度も増してくる。 とうに知り尽くしているつもりがまた新たな一面を知らされて惹かれずにはいられない俺がいた。

   こちらがリードしているつもりだったが、これではまるでカミュにリードされてるようだ
   いいとも! 好きなだけ俺を誘ってもらおうか……想いのままに愛してやろう

文字通り嘗めるように愛されたカミュの肌が桜色に染まり、それはさながらきたるべき春を思わせて美しい。 つややかな髪を惜しげもなく乱したカミュを俺は今一度抱きしめていった。

空が白みかけたころ、もう一度露天風呂に行く気になりカミュに声をかけると、枕に顔を伏せたまま小さく首を振る。
「行かなくてもいいのか? あんな珍しい川の温泉には滅多にお目にかかれないんだぜ。」
「私は……あの………明るいのは……外の温泉は困るので…普通の浴室でよいから…」
先ほどまで乱れていた余韻が残っているらしく、俺の顔も見られないらしいカミュがそう言うのではしかたない。
「わかったよ、朝食時間までには戻ってくるから、お前もゆっくり入ってきてくれ。」
長い髪の一房を取って口付けてから先に部屋を出た。 きっと今ごろはそろそろと起き出して、頬を赤らめながら身仕舞いを直しているのに違いない。

   カミュのやつ、ほんとに可愛いんだから

俺はくすくす笑いながら廊下の端に行き、浴衣を脱ぐと川湯に飛び込んだ。 外は震え上がるほど寒かったし、深い淵のところにそうやって飛び込んでみたら面白いだろうなと思ったのだ。 盛大にしぶきが上がり、あたりの雪にしるしを残す。
首まで湯に浸かって流されぬ程度に姿勢を保っているのはなんとも言えず不思議な気分で、なんだかおかしくて仕方がない。一人で面白がっていると向かいの斜面の途中で真っ白なウサギがこっちを見ているのに気がついた。 よく見るとそのあたり一面に縦横無尽についているのはウサギが走った痕なのだろう。

   明るくなって人目を気にするのもわかるが、夜の間にも見物人がいたのかもしれないな
   ウサギとお前とどっちが白いか比べてみたいものだ

今ごろカミュもヒノキの浴槽に浸かりながら、昨夜のことやこれからのことを考えているのに違いない。

   たまには一人の湯もいいかな……なにしろ心拍数が上がらない

湯から上がって振り返り川の湯に名残りを惜しんでいると、俺を見ていたウサギがぴょんと跳ねて姿を消した。



チェックアウトして宿を後にしたのは10時を少し回ったころだ。 来る時とは違ってカミュと二人なので2時間の下り道も楽しいことこの上ない。
「それにしても川の湯には驚いたな。」
「川で泳いだことすらないのに、川の温泉に入るなどとは想像もしなかった。」
「あれ?お前、川に入ったことあるじゃないか。」
「え?」
「ほら、こないだ鉄砲水にやられて俺に助けられたとき。」
「しかし、あれは…」
「あの時も、結局、俺が温泉に入れてやったんだったな。」
「ミロ……」
うなじまで真っ赤に染めるカミュが困ったように目をそらす。 なに、かまうことはない、誰が聞いているわけでもない山中なのだ。
「今回のこの温泉で一緒の入浴も解禁になったし、俺は満足だね。いい宿だったよ。」
「あ……」
カミュが足を止めた。
「あれ……雪だ。 そういえば冷えてきた。」
曇り空からひらひらと落ちてきた雪片がカミュの手のひらの上であっという間に融ける。
「雪が…暖かい。」
「え……?」
「冬の雪とは違う。 春がすぐそこまで来ている。」
木々の枝をすかして空を見あげたカミュの髪に触れた雪がすっと融け、なるほど真冬の雪よりやわらかく思えるのだ。
「暖かい雪か……」
舞い落ちてくる春の知らせを見あげていたら、俺のまつげに雪がついて慌てて目をしばたたいた。
「すると、まもなくお前が帰ってくるということだ。」
「そうだ、もうすぐ私は…」
言いよどんだカミュが寒気の中でかすかに頬を染めた。

   ん? なに……?

「………もうすぐ私はお前のもとへ帰る。」
「歓迎するぜ。」
口早に言って歩き出そうとしたカミュをつかまえて一つキスをする。
「ミロ……こんなところで………誰かが見てるかも…」
「大丈夫だ、ウサギしか見ていない。」
「……ウサギって?」
「ウサギは俺を見るのが好きなんだよ。 だから、もっと見せ付けてやろうじゃないか。」
とまどうカミュにかまわず、俺はもう一度口付けていった。