◆第三章

初めての夜ともなれば、カミュの動揺はとうてい抑えきれるものではなく、全身が細かく震え、言葉すら出てきてはくれない。
ミロの顔を見るどころか、向きを変えることさえとても無理らしいと見て取ると、ミロはカミュの身体に寄り添い、後ろからやさしく抱きしめてやることにした。
「 カミュ………ずっとこの日を待っていた……俺の大事なカミュ………」
シーツに散り敷いた艶やかな髪をそっと枕元によけて白い肩に手をかけながら滑らかな背中に胸を押し付けてゆくと、予想を遥かに超えるしなやかな肌が大きく震え、押し殺した喘ぎが漏れる。
全身が硬直し、手足を引きつけて震えている様子がミロを当惑させた。
一糸もまとわぬ姿で抱かれた衝撃がカミュを襲い、ただひたすらに身を固くすることしかできぬのに違いない。
初めてのときは、優しく、これ以上はないというほど丁寧に、とは心に決めていたのだが、カミュがこれほど身を縮めることなど予想もしていなかったのだ。やさしく抱いてやればカミュの方からもおずおずと手を回して抱き返してくれるものと思い込んでいたミロには、カミュのこの反応が意外なのである。
これから優しい言葉をかけるのか、それとも甘い愛撫を与えるのか………。
考えた結果、ミロはその両方を試してみることにした。

「 カミュ……なにも心配することはないから……愛してるから……嫌なことなど決してしないから安心して……」
絶え間なく耳元でささやきながら、きつく引きつけられた腕の下からからかろうじて片手を差し入れてようやく探り当てた蕾に柔らかく触れると、「あっ」 と小さく声を立て、少し頭をのけぞらせた。
その隙にもう一方の手も身体の下に差し入れて、今度は両方の蕾を刺激してやると、こらえきれずに背中をそらせて身をよじろうとする。
声を出すまいと必死に耐えているのがありありと感じられ、その初々しさがミロを夢中にさせてゆく。
「 カミュ………我慢しないで……声を出していいから………誰にも聞こえない……お前が歓ぶならなんでもしよう………カミュ…俺のカミュ…」
ミロによって与えられる絶え間ない刺激に耐え切れなくなったしなやかな身体が大きくのけぞったのを逃さず、ミロは素早く体勢を変えて今度は仰向けになったカミュの胸にやさしく唇を押し当ててゆく。
「 ああ……………ミロ……そんな……」
途切れ途切れにつぶやくようにカミュが初めて洩らした言葉が、ミロの耳をくすぐり有頂天にさせた。
「 カミュ…カミュ……こんなに愛してる……もっとなにか言って……」
胸を隠そうとする手を頭の横に優しく、しかしのがさぬように両手で押さえつけておいてから、ほのかに色づいた蕾を唇でとらえ転がすようにしてやると、押し殺した声があがり全身が大きく波打った。 羞恥のあまりなんとかして逃れようとしても、体力でまさるミロに両の手を封じられては、もはやカミュにはなすすべはないのだった。
一瞬、かすかに潤んだ蒼い瞳がミロの視線とからみ、羞恥のあまりすぐ反らされてゆく。
今まで誰にも見せたことのない己が肢体をミロの前にさらしている恥ずかしさがカミュの頬を染めさせ、そのミロの手に悶えている自分が信じられないのだろう、切なそうに首を振り、ミロの手から唇から身をそらそうとするがそれも叶わず、されるがままになるしかない身を恥らうばかりなのだ。

カミュの肌はミロが想像していたよりも白く滑らかで、吸い付くような肌触りがなんともいえず好ましい。
肌を合わせていると信じられないような柔軟さでミロを迎えるかと思えば、次の瞬間には引き締まった筋肉がミロの手を撥ね返そうとする。
何年も秘めてきた想いを込めて、まるでこわれやすい宝物のようにいつくしむミロには、カミュの身体のしなやかさ暖かさが夢のように感じられ、我が手のなかにカミュがいるということがまだ実感として捉え切れてはいない。
触れるだけでも冒涜だ、とまで思ったこともあるその美しい人が、自分の与える愛撫に打ち震え、おののきながらも目を潤ませているさまは、ミロを無我夢中にさせるに十分だったのである。
「 お願いだからなにか言って……カミュ……いま、どう思っているのか教えて欲しい……もしも………もしもいやだったら、そう言って……カミュ………俺のカミュ………」
胸の蕾を含んでいた唇が首筋をのぼり薄紅の耳朶に達すると、カミュがびくりと身体を震わせた。。
その様子を横目で捉えながらふっくらとした耳朶を柔らかく含んで口中でまろばせると、そのような行為を想像もしていなかったのだろう、カミュが小さく叫び、慌てて声を押し殺す。
経験したことのない感覚から無意識にのがれようとするが、耳朶を含まれ、そのうえ両手を押さえられていてはどうすることもできはしない。
「 あ……ああ………ミロ…ミロ……そんなこと……ああ………いや…やめて………」
身体を細かく震わせ、うわずった声で最後に付け加えられた一言がミロをドキッとさせ、立ちすくませた。
「 あ…すまない……気が付かなくて…そうとは知らなかったものだから」
急いで唇を離すと、ミロの視線を避けるように横を向いたカミュの濡れた耳朶が濃い紅に染まり目を奪われずにはいられない。
白い肌と、その濃い紅との対比の見事さに思わず見とれているミロの耳に、ようやくカミュの切れ切れにささやく言葉が聞こえてきた。
「 ………そうではなくて……私は……あの……」
「 ……え?……なに? なんて言ったの? カミュ」
やっと会話らしい会話ができることに喜んだミロが優しく問いかける。
すると、真っ赤になったカミュが相変わらず顔をそむけたまま蚊の鳴くような声でこう言ったものだ。
「 ミロ………私は…あの……いやというわけではなくて………あの………」

   ………え? 
   いやというわけではない??
   だって、さっき………あ…そういうことか!

「 わかったよ、カミュ………」
おそまきながらやっとカミュの真意に気付いたミロが、くすっと笑ってもう一度唇を寄せる。こんなときにも勘違いされたことを訂正せねばいけないと思っているカミュの几帳面さの、なんと微笑ましいことだろう。
「 愛してる………こんなに……」
もう一度耳朶を含んだとき、長いまつげが震えるのが見えた。



                         




イラストは  Neo Miro Miro のなぎさ様からいただきました