◆第四章

ミロが初めて気付いたことには、カミュの耳の形はたいそう整っていて美しい。
今までは半ば髪に隠されていてはっきりとはわからなかったのだが、今夜はミロが艶やかな髪をかきやったせいで、全体の形がはっきりと見えるのだ。
このふっくらとした柔らかい耳朶にピアスをつけたらどれほど美しかろうと思うミロだが、カミュがそんなことをするはずもなければ、ミロとしてもこの美しい身体に針の先ほどの傷もつけたくはないのだった。
それでも、この耳に似合うのは、青いサファイアか、金の粒か、はたまた緑の翡翠かと思い描くのも心躍ることである。
ピアスは無理でもイヤリングなら或いはつけてもらえるかもしれぬと思い当たると、ミロの空想は華やかな細工のネックレスやらブレスレットへと飛んでゆき、唇に笑みも浮かぼうというものだ。

そんなことを考えながらふたたび耳朶に唇を寄せてゆくと、顔をそむけていたカミュがその予感に身を震わせた。
たしかにいやではないようなのだが、あまりにも慣れないことゆえ、おののかずにはいられぬのだろう。
「カミュ……こんどはそちらを……いいかな……?」
もう一方の耳を見たいと思って言ってみたのだが、かたくなにそむけた顔をカミュが動かすはずもない。固く目を閉じ、息をひそめている有様では、自分から動くことなどとてもできそうにないではないか。
向きを変えてもらうことは諦めたミロがもう一度耳朶を含んでひとしきり甘い刺激を与えてやると、つらそうに眉を寄せ、それでも声は出さずに必死でこらえているようなのだ。
ふと思いついたミロが仄かに色づいていた蕾にそっと触れると、今度はさすがに耐え切れなくなったのか呼吸が浅くなり、吐く息も半ば喘ぎに近くなる。
要領をつかんだような気がしてさらに愛玩しながら喉元にかけて唇を滑らせてゆくと、カミュはますます身をこわばらせ、背も頭も精一杯にそらしてのがれようとはするのだが、ミロの立場からすれば、それはカミュが自ら身体を差し出してくるようにも見えるのだ。
こころみに指と唇で双方の蕾を丹念に愛撫してやると、頭をのけぞらせ胸をそらせて震える様子が、甘い刺激を身体中で受け止めようとしているようにも思えてしまう。
それがどんなに自分本位の見方かはわかっているつもりのミロだが、こんな有様を見せられては気も高ぶろうというものだ。
これほどまでにカミュが息も絶え絶えに身をこわばらせるとは予想外だったが、のがれようとする仕草にここまで蠱惑 ( こわく ) されるとは思いもしなかったミロである。
これ以上触れるのは気の毒だという気持ちが瞬時心を掠めもしたが、やはり、やっとの思いで叶ったこの逢瀬をむざむざここで終わらせることなどできはしないのだ。

「あの………カミュ………」
ミロはゴクリとつばを飲み込んだ。 
緊張のあまり声が震える。
「……抱いてもいいか……?」
そう言った瞬間自分の心臓が跳ね上がったようで、キリキリと痛みさえ感じられる。 
耳を澄まし目を凝らしてカミュの様子を窺うと、ますます身体をこわばらせ息もできないようなのだが、かといって首を振って拒絶しているのでもない。
ここまできたら今さらのがれられぬと覚悟を決めているには違いなく、あるはずのない返事を待つことはもはやミロにはできない相談だった。。
「心配しないで、カミュ………………あの……俺もこんなことは…その………もちろん初めてだし……でも大丈夫だから……やさしくするから……」
これから知るだろう未知の領域へのときめきがミロの心をかつてなかったほど高揚させ、額にはうっすらと汗がにじむ。
今までに数え切れないほどその瞬間を思い描いてきたミロではあるが、緊張と興奮から来る震えを抑え込むのは難しい。
白い両肩の横に手をついたままでゆっくりと顔を近づけてゆくと、唇よりも先に金髪が雪の肌に触れ、カミュがびくりと身を震わせた。

   素肌に髪の触れる感覚を味わいたいと言ったのは、俺の方なのに………

この様子では、ミロがそれを味わうのは、はるか先のこととしか思えぬではないか。
いつか来るはずのその日を密かに思い描きながら口付けてゆくと、声にならない喘ぎがわずかに洩れた。
ゆるゆると首を動かしてのがれようとするカミュに合わせて花の唇を追ってから、滑らかな首筋に唇を押し当てる。
「カミュ………素敵だ……俺のカミュ………」
初めて会ったときの淡い憧れを、馴染み始めた頃の慕い寄りたい想いを、そして心底からカミュを欲し始めた頃の熱い焦がれを思い返しながらミロはそっと身体を重ねてゆく。
肌が触れた瞬間、カミュが大きく震えた。



                       



イラストは  Neo Miro Miro のなぎさ様からいただきました