◆第六章



やさしく時が過ぎてゆく。
カミュの負担にならぬようにと考えをめぐらせたミロが、横から抱いて腕に頭を乗せるようにしてやると、自分の腕をどうしてよいのかわからないらしいカミュは困ったように腕を胸の前にぴったりと合わせてしまう。
「あの……右手は俺の胸に添わせて、左手は……その…背中に回してみたらどうだろう…?」
いろいろと考えた末にミロがそう言うと、ドキッとしたらしいカミュはおずおずと手を伸ばし、やっと落ち着いた体勢になる。
けれどもミロがそっと手を伸ばして滑らかな背中を探っていくと、やはりびくっとして身体を固くしてしまうのだ。
とはいえ、物慣れぬカミュの初々しすぎる反応にいちいちたじろいでいたのでは、これ以上どうにもなりはしない。
そう考えたミロはもう少し積極的に行動してみることにした。
まだ震えているしなやかな身体を右手で包むようにして身体を押し付けるようにすると、あっ、と喉の奥で息を飲み固く目をつぶってしまった。
「大丈夫だから………とても大事にするから……」
幾度繰り返したかわからない言葉をささやきつつ、やさしく背中を撫でて きれいな髪に口付ける。
甘い髪の匂いを胸いっぱいに吸い込みながら、ミロはまだ震えのやまぬカミュのために今までの思い出や憧れの数々をゆっくりと話してやるのだ。
初めて会ったときのこと、花を取ろうとして崖から落ちたこと、海岸で怪我をしたカミュと森で夜を明かそうとしたこと、ミロの日の歌を聞かせたときのこと………。
腕の中のカミュがそっと微笑み、小さく頷き、ほっと溜め息をつくのがミロには嬉しくてたまらない。
「それから、ほら、黄金聖衣を授かった日に初めて水瓶座の聖衣を着たお前の美しかったこと!俺は生涯忘れない!今思い出しても、涙が出るほど素晴らしかったもの!」
「私も……そう思う…………あの…あの日の…ミロのことを…」
「ほんとに?」
「ん……」
恥ずかしそうに小さな声で答えるカミュは、さっきから一度もミロを見ようとしない。
ミロとしてはカミュを抱いているのが嬉しくてならず、じっと見つめているのだが、残念なことにカミュはうつむくばかりなのだった。
「ねぇ、カミュ……カミュも俺のこと、見てくれないかな?」
「えっ…」
カミュがふるふると首を振る。
「そんな……そんな恥ずかしいこと……できない…」

   恥ずかしい……? そうなのかな? いつも見てるのに……

それでも、最初はほとんど口をきいてくれなかったカミュとこんなに話ができることが嬉しくてミロは有頂天になる。
それも、互いに肌を合わせてこれ以上ないほどに触れ合っているのだったから。

   素肌で触れ合うことがこんなに気持ちがいいなんて思わなかった!
   さらっとして、しなやかで、すいつくようで、なめらかで…
   それに、人の身体がこんなに暖かいとは!

   世の中にこんな楽しいことがあったなんて!
   カミュとこうしていられるなんて、ほんとに夢のようだ!
   なんてきれいな髪!
   なんて素敵な肌ざわり!
   離したくない……ずっと一緒にいたい…もっとたくさん愛したい!
   カミュ、カミュ……一番大事な宝物…!

そっと抱いているだけでは飽き足りなくなったミロは、カミュが少し打ち解けてきたのを幸い、もう少し先に進んでみることにした。
「初めて会ったときから愛してた………そして今も…………これからもずっと……」
そう言いながら、すこし乱れた髪を指に巻きつけて口付ける。
少し冷たい感触に、かえって想いが募るのだ。
「ねぇ、カミュ………俺のことが好き?………すべて俺のものになってくれる…?」

   ……ミロのものになる……
   それって……どういうこと…?

まだ緊張の解けないカミュがその言葉に戸惑ったことなど、今のミロが知るはずもない。
額にまぶたに頬に軽く口付けながら、安心させるようにやさしい言葉をかけつつだんだんと唇を首筋から胸へとすべらせてゆくと、カミュは恥じらうように顔をそむけて精一杯 身を固くしてしまう。
カミュ自身は意識していないのだろうが、唇の動きにつれて抑えかねた甘い吐息が洩らされ、ミロの気持ちを否応なしに駆り立てた。
「いつまでも抱いていたくてたまらない………カミュ…カミュ……大好きだ……こんなにこんなに愛してる……」
この様子なら…と思い、枕にさせていた腕をそっと引き抜き上体を起こしてさらに先に唇を進めていくミロには、カミュの美しい眉がわずかにひそめられたことなど見えようはずもない。
そして今まさに唇が触れようとした瞬間、その意図がどこにあるかを察したカミュが思わぬ力でミロを押しのけてベッドの端に逃れ出たのだ。