◆ 第七章
あ……!
白い身体を可能な限り縮めて怯えた兎のように震えるカミュは、ミロの方を見ようとしないのだ。 こんな格好でなければこの場を逃げ出したに違いなく、この予想外のカミュの行動にミロは途方に暮れた。
「あ……あの………カミュ…」
そっと声をかけてみるが、カミュはかたくなに顔をそむけたままだ。
「あの……すまなかった………驚かせて悪かった……」
ともかくこのままではいけないと、そっとベッドから下りてそばに行き、これ以上驚かせないようにと静かに横に座って包むように抱きしめた。
びくりとしたカミュだが、それ以上あらがうようでもなく、そのままでいてくれることにひとまずミロは安堵する。
ここでもしも手を払いのけられでもしたら、いったいどうしたものかミロにはまったくわからなかったことだろう。
「ごめん……カミュがそんなに驚くとは思わなくて……あの…」
「……や…」
「……え?」
消え入りそうな声にミロは耳を澄ませた。
なんとしてもカミュの言葉を聞き取らねばならない。
その想いがミロの心を研ぎ澄まさせる。
「…わたしは………そんな………そんなことは…………い…や…」
喉の奥からしぼり出すようにやっとそれだけ言ったカミュの言葉にどきっとして、流れる髪に半ば隠されたカミュの顔を恐る恐るのぞきこむと、うつむいた目のふちに光るものがある。
と見る間にひとしずくの涙が白い膝に落ちた。
あ………
初めは低く喉の奥でしゃくりあげていたのだが、やがて抑えかねた低い嗚咽が洩れてくる。
「カミュ……」
いとしさとすまなさがこみ上げてきて、ミロのほうも泣きたくなった。
あれほど大事にすると言ったのに、くり返しくり返し、いやなことはしない、と言ったのに、いまここでカミュを泣かせたのは確かにミロなのだった。
やっと話ができるようになったのに、なんということをしてしまったのだろう!
これが決定的なダメージになってしまったら……
もし………もう二度と逢ってもらえなかったら……
けっして認めたくない予感に胸をふさがれ、己の愚かさがひしひしと感じられてきた。
物慣れぬカミュの繊細な気持ちに配慮することを忘れたミロは、先を急ぎすぎたのだ。
「ごめん………大事なお前を傷つけた………あんなにいやなことはしないと言ったのに……」
涙が言葉の端々を震わせ、悔やんでも悔やみきれない後悔が錐のように鋭く胸を刺す。
「ほんとにすまなかった………もう、あんなことはしないと誓うから……カミュ……頼むから……なにか言って…」
なによりも大切なものを失うかもしれないというおののきがミロを震えさせ、その言葉にこもる誠意がカミュに届いたのに違いない。
「わたしは…………そうされることが……いやというよりも……」
……え?
「ミロに……そんなことをして欲しくない……わたしの…大切なミロの…そんな姿を…見たくない……」
やっとそれだけ言ったカミュがミロの胸に顔を伏せて泣いた。
小刻みに震える肩が、とめどない熱い涙がミロの心を揺さぶった。
「ミロの……ミロの唇は神聖なのだから………お願いだから………そんな……そんなことをしないで……頼むから……ミロ…」
「カミュ………」
そうじゃない!
神聖なのはお前のほうで………お前こそが神聖で………カミュ……
カミュの気持ちが嬉しくて、己の愚かさが悲しくて、ミロは身体を震わせてそのままカミュを抱いていた。熱い涙が頬を伝い、抱いているカミュの髪に吸い込まれ、その肩を濡らしていった。
やがてカミュの嗚咽が収まってからそっと手を引いて横になる。
毛布を引き寄せて二人してくるまると、やさしく背を撫でて、ずっとそのままでいた。
カミュもなにを言うでもなくて抱かれるままでいてくれた。
東の空に朝の光が差し染める頃、ミロは勇気を出して聞いてみた。
「あの……俺のこと………好きになってくれる…??……… それとも……あの………嫌いに…なった?」
びくりとしたカミュが身をすくめてうつむいた。 押し殺した吐息がミロの胸を仄かに暖める。
返事が聞こえないことに気落ちしたミロが、カミュに知れぬよう溜め息をついた。
「今夜は……逢えない…かな?」
おずおずと聞いてみた。
胸の鼓動が大きすぎて、カミュの返事が聞こえないような気がするほどだ。
「ミロ……」
それはそれは小さな声だった。
「今夜は………ミロが……来て……」
ほんのわずかの言葉が、宝石のようにきらめきながら初めての夜を彩った。
「ありがとう……」
ミロの心を喜びが満たし、抑えきれない嬉しさが全身を駆け巡る。
帰したくない、いつまでも抱いていたい、そう思いながらミロはやさしく唇を重ねていった。
完
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