「カミュ…?!」
不安を感じたミロが名を呼ぶが、腕の中のカミュにはなんの反応も見られない。
一瞬は眠っているのかとも思ったが、いくら経験の浅いミロでも今夜のような状況で人が急に眠り始めるものでないことはよくわかっている。むしろ興奮してテンションが高くなり、眠気などさすはずもないのだ。
「どうした……?目を開けて、カミュ……」
嫌な予感を振り払いながら身体を起こしたミロが動かぬカミュを抱き寄せた。 と、その拍子にカミュが頭をがくりとのけぞらせたではないか!
「カミュっ!!」
長い髪が揺れ、かなりのショックだった筈なのに固く閉じられたまぶたは震えもしない。
そのときになってやっとミロは気付いたのだ。 血の気のない頬があまりに白すぎることに。 雪と見紛う肌があまりに冷たすぎることに。
ぎょっとして力なく投げ出された手を握りしめるときれいな指先が氷のように冷え切っていて、いつもは桜貝のように美しい爪さえ色をなくして見えるのだ。 蒼ざめたまぶたは美しい瞳を隠したままだ。 固く結ばれた唇は赤というよりは紫に近いようでミロを恐怖に陥れた。

   まさか、まさかっ………!

いったい何が起こったのかわからずに恐慌しながら、それでも雪白の胸に耳を押し当てると心臓はゆっくりと脈打っている。
「カミュ、カミュ! 頼むから目を覚まして………! 俺の声が聞こえるか?!返事をしてくれっ!」
あらん限りのやさしさで熱を失った白い体を抱きしめてそっと揺さぶりながら口付けた。 氷の唇がミロを怯えさせ、わずかに洩れてくる吐息さえまるで凍気の息吹のように思われた。
「カミュっ、頼むから目覚めてくれっ!!」
冷え切った身体を少しでも暖めようとかたわらに丸まっていた毛布に手を伸ばし、震える手でなんとかカミュを包み込んだときだ。 やわらかい灯りを落としているサイドテーブルの光の輪のなかにミロは一枚の紙片を見た。
その上部にカミュの几帳面な筆跡で、ミロへ、と書いてあるのが目に入り、即座に掴み取って数行の文章を食い入るように見つめたミロが蒼ざめる。
「なんだって……?! カミュ! お前、血を…!!」
絶句したミロが紙片を握りしめた。 変調に気付いてやれなかった愚かさがミロの胸を鋭くえぐる。
予定をすぎても戻らぬミロの身をひそかに案じつつ、それでもいつ訪れるかもしれぬ恋人の目に触れるようにとカミュが書いたその手紙はついに気付かれることはなかったのだ。
ささやかな、しかし重大なことを伝えようとしたそれに気付かず、若い情熱の赴くままにカミュを抱いた結果が、いまミロの腕の中にあった。


   どうすればいい? どうすればお前を助けられる…?!

物言わぬカミュの冷え切った身体を抱きながらミロは反芻する。
あれから幾度となく呼びかけ、身体をさすり、果ては慣れないながらおのれの小宇宙を注ぎこんで、かなわぬまでも冷たい身体を温めようとやってみもした。 しかしカミュは目覚めない。
このまま意識が戻らなかったら………という恐怖が夜の闇から頭をもたげ、混乱するミロを追い詰めてゆく。
むろん、カミュはミロにとってかけがえのない宝だが、その黄金聖闘士としての存在もまたかけがえのないものなのだ。 聖域に、いや、世界にたった十二人しかいない黄金の一人であるアクエリアスを失うわけにいかないのは当然だ。
唇をかんだミロは、決心しなければならなかった。
助けを呼ばなくてはならない。
カミュを救うためには自分一人ではとうていだめなのだ。

苦渋の決断をしたミロはカミュの衣服を整えてやると、部屋を出る前にやり残したことはないかと振り返ってみた。
静かに横たわるカミュは白磁のような端整な横顔を見せている。 普段ならこれは賛辞の言葉である筈なのに、いまのミロには身を切られるようにつらいのだった。
「すぐ戻るから…」
もう一度戻って形の良いあごまできちんと毛布で包んでやり、冷たい頬に口付ける。
ミロが足早に出て行き、あとにはカミュ一人が残された。