「 七 夕 」


宿に戻って先に玄関にあがったミロが振り向いた。
「 綺麗なものが飾ってあるぜ、何だろう?」
涼しげな細い葉の植物を3mほどの長さに切り取ったものがフロントの近くに立てられており、さほど密ではない細枝のあちこちに色とりどりの飾りがつけられている。
「 これは………おそらく竹だろう。イネ科タケ亜科の常緑木質植物だ。 世界的には、赤道を中心に北緯・南緯ともに35度までにもっとも多く自生分布する。  温暖湿潤な環境を好み、極端に雨の少ない砂漠や乾燥地域では育たたない。  したがって、年間降水量が400mm程度の アテネでは見られない」
「 ああ、もうわかったよ。」
ミロはカミュの博覧強記ぶりに苦笑する。
「 竹のことはいいとして、この飾りにいろいろ書いてあるが、これは何だろう?」
そこへ二人を出迎えに来た宿の主人が、飾りを手に取っているミロの様子を見てカミュに何か説明し始めた。 この主人は大きな身体に似合わず、なかなかよく気が付く男で、英語のわからないミロに対しても非常に丁寧な応対をしてくれる。
頷きながら聞いていたカミュが面白そうな顔をしてミロを見た。
「 毎年7月7日は『七夕』、千年以上昔の宮中では乞巧奠(きっこうでん)といったのだそうだが、 手芸・芸能の上達を祈る民間行事だそうだ。たとえば字が上手に書けるように祈る、というようなものらしい。 その願い事が、この長方形の紙に書かれているようだ。」
カミュがフロントのカウンターを示した。
「 あそこにペンと用紙が置いてあるので、願い事を書くように勧められた。」
「 ふうん、俺は別に字の上達は気にせんが。 まあ、やめておこう。」
「 ところが」
カミュがさらに言った内容がミロの耳をそばだたせた。
「 昨今では、手芸・芸能にとどまらず、あらゆる願い事が書かれるようになってきた。 曰く、『 健康になりますように 』,  『 成績があがりますように 』 、 さらには 『 世界が平和になりますように 』  『 彼と結婚できますように 』 など様々だそうだ。」
「 なにっ!」

   そういうことなら話は別だ!  
   健康には自信があるし、聖闘士としても黄金の位をキープしている
   世界平和の方はアテナが祈ってくれてるし、俺達も努力を惜しまない
   しかし、残る一項目、これを書かずして、日本に来たかいはなかろう!
   
「 ミロ、どうする? なにか書いてみるか?」
「 そうだな、せっかくの主人の頼みだ。 旅先の一興というものだろう。」
カミュの目が面白そうに笑っているのには気付かぬふりをして、ミロは短冊を選び始めた。

   やっぱり俺は真紅だな、内容にもマッチしてる情熱の色ってことだ。

「 お前もなにか書くんだろ?」
「 ああ、たまにはこういうのもよかろう。」
見ると涼しげな水色の短冊を手にしたカミュがさらさらと書いているのはラテン語らしい。
「 おい、フランス語じゃないのか?」
「 今の日本はフランスブームらしい。 この宿にフランス語のできる人間が宿泊している可能性もある。 他人に読まれたくはない。」
「 俺は他人じゃないから読んでもいいんだろうな?」
カミュの手が止まった。
「 ミロ………他人ではないから読んで欲しくないこともあるものだ。」

   ……え?

見ると、耳朶がほんのり赤らんでいる。

   カミュのやつ、いったいなにを書いたんだ?
   俺の語学力じゃ、ラテン語で顔を赤らめるようなことは百年たっても書けんっ!

「 分かったよ、それじゃ、バランスをとって俺のも読ませない」
カミュに背を向けてギリシャ語でなにか書いたミロが竹の高い枝先に短冊を結びつけた。
「 その代わり、俺の隣に下げろよ。」
「 ……まあ、よかろう」
一番高い位置で揺れる短冊をミロが満足げに見上げた。
「 これでよし!願いが叶うといいんだがな。 さあ、風呂と食事にしようぜ!」
どうやら今夜はよく晴れるらしい。
宵の明星が一際輝いているのが見えた。



              
日本の夏は七夕から始まるような気がします。
              風に揺れる笹の葉、色とりどりの輪飾りや短冊、
              都会からではあまり見えない天の川を探したあのころ。

              ミロ様カミュ様の願いはなんだったのでしょう?
              想像はつくのですが、それをラテン語で綴るカミュ様、さすがです!

              ちょっとおまけもつけてみました
              牽牛と織女の、年に一度の逢瀬の夜ですものね。