云うまいと 思えど今日の 寒さかな |
作者不詳
「かなり冷えてきたようだ」
窓の外に目をやったカミュが呟いた。
なるほど、先ほどまでとはうって変わり、10m先もみえぬほどのブリザードが吹き荒れている。
頑丈な作りのはずのこの小屋も、それだけの歳月が経ったのだろう、どこからか冷たい風が入り込んできているのだった。
凍りついたワインとチーズを見て眉をひそめていたミロがその言葉を聞き、足音を忍ばせてカミュに近付くと、そっと後ろから抱きしめた。
待っていたように、とミロには思えたのだが、カミュが少し頭をのけぞらせミロの肩に預けると、ミロは形のよい顎にそっと指を添え、自分の方を向かせて、優しく唇を重ねてゆく。
霧の中の出来事がカミュの心に余韻を残しているとみえ、その敏感な反応がミロの心を躍らせた。
まだ外の冷たさが纏わりついている髪をそっとかきやり、僅かに桜色を帯びた耳元でささやく。
「 You might think but today's some fish. 」
「・・・・・・え??今、なんと云ったのだ? 非論理的でまったく意味が通らないが?」
ミロに身体を預けていた筈のカミュに、甘さのかけらもない声で聞き返されたミロが当惑したのも無理はない。
このまま自分のペースに持ち込めると考えていたのに、カミュのこの情緒0%の反応はいったいなんだ?
「もしかして、ミロ、それは英語か?」
「・・・・そうだが、なにか問題があったか?」
しっかりと向き直ったカミュに鋭くたたみかけられて、ミロはたじたじとなった。
ミロの計算では、この台詞を言ったあとの展開はこうなる筈であった。
「洒落たことを言う・・・・」
ミロの胸に抱かれたカミュが甘い吐息を洩らす。
「そうでもないさ・・・」
軽く耳朶を噛まれて、身をそらそうとするカミュを、しかし、ミロは逃がさない。
「俺たちには外の寒さなど無縁だ。俺の腕の中でお前に春を味わわせてやろう・・・」
「ミロ・・・・・」
目を伏せたカミュの頬が、やがて濃い桜色に染まっていった。
ところが、である。
「 お前の英語は文法的に間違ってはいないが、英文としてまったく意味が通らない。
いったいどこでその妙な英語を仕入れたのだ?」
ミロは心底泣きたくなった。
せっかく、カミュとの二人きりのシベリアでの逢瀬という珍しいシチュエーションを飾ろうと思った英語が、どうやらとんでもない食わせものらしいではないか!
「どこでって・・・・・ネットで英語のあれこれを調べていたら見つけたんだが、なにか違っているのか?」
「違うも何も・・・・・」
カミュが溜息をつく。
「まったく意味をなさない。そもそも、お前は何の意味のつもりでしゃべったのか聞かせて欲しい」
見るからに気落ちしたミロが、ぼそりと言った。
「 『云うまいと 思えど 今日の寒さかな』 」
「・・・・・なに?」
「だ・か・ら、 『 云うまいと思えど今日の寒さかな 』 だよ! そういう意味だって、何箇所ものサイトにちゃんと書いてあった
んだぜ?違うのか? 俺は薪を運び込んだときから、お前にここで気の効いた台詞を言おうと思って用意してたんだよ!
日本の俳句っていう文学形式になってるらしいし、ちょっと洒落てるだろうが!
お前を・・・・・その・・・・・抱きながらこう言った
ら、お前が感心してくれると思ったんだよ、俺は・・・・・!」
真っ赤になってまくし立てたミロが口をつぐみ、今度はカミュが当惑する番だった。
なぜだ? この妙な英文がどうしてそんな意味になるのだ???
ミロはいかにも真剣だし、幾つものサイトで見たとすれば、まんざら間違いでもあるまいが・・・。
「あ・・・・・、わかった!そういうことか!」
突然カミュが叫び、ミロが顔を上げた。
「 ミロ、これは言葉遊びだ! それぞれの単語を、英語の発音と翻訳した意味に変えて、つなげて一つの文章にしてある!
YOU MIGHT THINK BUT TODAY’S SOME FISH .
云う まいと 思えど 今日の さむ さかな(寒さかな)
意味が通らなかったのも無理はないが、語呂合わせとしては非常によく出来ている!」
「・・・・・・・・言葉遊びだって?・・・・俺があれだけ真剣に覚えた台詞が?」
ミロはくるりと向きを変えると、暖炉の前の毛皮の敷物に腰を下ろした。
この敷物もミロが持ち込んだのだろう、柔らかいクリーム色の、歩けばくるぶしまで埋まってしまいそうな毛足のムートンである。
ミロの少し丸めた背中が寂しそうで、それがカミュを居たたまれない気持ちにさせた。
足を忍ばせてミロの隣りに坐り、整った横顔を盗み見る。 暖炉の炎を映していた蒼い瞳が、一瞬カミュに向けられたものの、すぐにそらされていった。
「 なにやってるんだろうな、俺・・・・・・」
自嘲の笑いを浮かべたミロを見たとき、カミュの中ではじけたものはなんだっただろう?
突然のことにミロがあっと思ったときには、抱きついてきたカミュの重さを支えきれずに、バランスを崩して敷物の上に倒れこんでいたものだ。
「 ミロ・・・・・・すまなかった・・・・文法などと、つまらないことを言った・・・・・・・・・・私はほんとうに・・・お前のことを大事に思って
いるから・・・・・それに部屋も十分に暖かくなって・・・・・・・寒い夜は・・・お前に・・・・・・・暖めて欲しいと思っているから・・・・・」
よほどに思い切って言ったのだろう、囁くような声でそういったカミュが絶句してしまい、ミロの心を震わせた。
「・・・・・・・カミュ・・・・この毛皮・・・持ってきてよかったかな?」
もはや口をひらくこともできないのだろう、小さく頷くだけのカミュに優しい口付けが与えられていった。
YOU MIGHT THINK BUT MILO’S A OTHER HEIGHT・・・・・・・・・
⇒副読本「霧の中」……(この場面に至る以前の情景が描かれています)
このサイトにしては珍しく、英語の登場です。
「You might think but today゜s some fish.」
しばらく前に、日記に書いたこの英文から着想を得た話で、
都合よく副読本の「霧の中」ともリンクさせることができました。
これは中学の英語の時間に聞いたのですが、
今回検索してみたらたくさんヒット!
日本中で英語の時間中に先生が気分転換に教えてるのかも?
中には40年以上前に聞いた、という人もおり、
古典読本に編纂される資格は十分です。
他に、
「You might think do today゜s some fish.」
「You might think but today゜s cold fish.」
などのバリエーションがありますが、
偶然私が教わった英文が、一番洒落ているように思えます。
ミロ様、一生懸命覚えた英語がこれだったのね(笑)。
でも、その気持ちを汲んだカミュ様と、
どうぞ暖かい夜をお過ごしくださいませ ♪♪