天つ風 雲のかよひ路 吹きとぢよ をとめの姿 しばしとどめむ |
あまつかぜ くものかよいぢ ふきとじよ
おとめのすがた しばしとどめん
僧正遍昭
( そうじょう へんじょう ) 百人一首より
【 歌の大意 】 天の風よ 雲の中の通い路を吹き閉ざしておくれ
天上へ帰ろうとする乙女の姿を もうすこしここにとどめておきたいのだから
◆
沙羅双樹の園は美しい。
処女宮のわきにあるそこは、乙女座の黄金聖闘士、バルゴのシャカが思いを込め、慈しんできた場所なのだ。
しかし、いまだかつてシャカ以外のものが足を踏み入れたことなどあろう筈もなく、十数年の長きにわたって美と静謐を保ち続けてきたに違いないその場所で、ほかならぬシャカの命を奪うことになろうとはサガの予想もせぬことだった。
禁断の技、アテナエクスクラメーションまで使ってシャカを倒さねばならなかった悔恨が、その索莫たる想いがサガの胸中に渦を巻く。
あの日、私は 幼いシャカになんと言った………?
死に急いでいるようにみえるシャカに、生きることを考えて欲しいとは言わなかったか?
これが、シャカと私を待ち受けていた運命だというのか!
シャカの信じる仏陀はこんな結末を望んでいたというのか……!!
打ち震えずにはいられないサガの目に、シャカの黄金の姿が沙羅双樹の木の下で静かに座するのがかろうじて見えた。
沙羅双樹の白い花びらが絶えることなく降りそそぐその中で、シャカの命が、魂がこの世を去ろうとしている。
逝くなっ!
せめて……せめてもう少しだけそこにとどまって 私たちの往くべき路を照らしてくれ!
この決意が鈍らぬように
最後のそのときまで想いを貫けるように……!
血の叫びは黄泉に赴く者に届いたろうか。
否、 目を閉じたシャカは淡く笑んだままで十万億土の彼方へ塵となって消えてゆき、あとには数珠が落ちているのみなのだ。
サガの胸を乾いた風が吹きぬけていった。
ついに、この歌の出番です。
百人一首のなかでも相当に知名度の高いこの歌は、
シャカの最期にぴったりと重ならずにはいられません。
この歌がなければ書くはずのなかったこのシーンには
もちろんシュラとカミュ様もいるのですが、
ここではサガ一人をクローズアップ。
年長のサガの思いは、また格別なのでした。
作者の遍昭は俗名 良岑宗貞 (よしみねのむねさだ)。
洒脱明朗、容姿端麗な青年で、
時の帝 仁明天皇に寵愛された社交界の花形でした。
しかし仁明天皇の崩御を受け、その御大葬の夜から出家します。
この歌は出家前の作品で、
宮中の儀式で 「五節 (ごせち) の舞」
を舞う舞姫のことを詠んだもの。
遍昭は厳しい修行を経て僧正の位にのぼり、
のちに元慶寺の座主となりました。
過ぎし日の シャカとサガの挿話は ⇒ こちら