その3  依頼

「驚かせてすまんかったのぅ、昨日からアテナにお許しをいただいて童虎の姿で過ごしておるのじゃ。 わざわざわしのところに来るとは何かあったのか? 茶飲み話とも思えんが。」
「あ………あのぅ…」
「お前さんにしては歯切れが悪い。 さては痴話げんかの仲裁かの? 当たっておるか?」
「とっ、とんでもないっっ!」
いきなりすごいことを言われて冷や汗が出る。 酸いも甘いも噛み分けすぎるんじゃないのか?

   俺たちは痴話げんかなんてしたこともないし、仮にそんなことしても老師に仲裁を頼みに来るなんて有り得ないっ!
   この俺の実力でカミュとよりを戻すなどわけもないことだ!
   いや、この場合、問題はそれではないが………

俺とカミュのことを薄々感づかれているという意識はあったが、こうはっきりと言われるとさっきまで出来ていたはずの心の準備が銀河の果てに吹っ飛びそうだ。 遠まわしに仄めかされるのも気恥ずかしいが、年寄りの特性なのか、あまりに表現が直裁でたじたじとなる。
なんだか老師に俺たちの逢瀬のあれこれを想像されているようで最初から動悸が高まったが、ここまで来たからには18歳の童虎に助力を願うしかないのだ。
「実は………宝瓶宮に怪異があってそのことにつきご相談したく参りました。」
「怪異じゃと? 陰陽師ではあるまいし、それはどういうことじゃ?」
「え〜……あの、昨夜カミュといたところ、俺はまったく気付かなかったのにカミュだけが怪異に襲われて。 そうしたことがこのところ三度もありましてきわめて迷惑なので、二度とこんなことがないようにしたいと思いまして。」
「ふむ………この十二宮で怪異とは………冥界の奴等が動き出した気配はないが、どのような怪異か詳しく聞こう。」
「は………それがその………」
「なんじゃ?」

   やっぱり詳しく言わなきゃだめなのか? それもこんなに若い童虎に?
   ものすごく言いたくないっ、 俺たちよりもピチピチじゃないか!
   ちんまり座って碁を打っているご老体のときと違って、すべてのことに積極的で超アクティブだろうがっ!
   考えたくないが、十八歳ではそっちの方の興味も人並み以上にあるんじゃないのか??
   老師だったらそんな血の気の多いことは200年前にすっかり終わっているだろうに、
   俺とカミュのあれこれをリアルに想像されたら、いったいどうすりゃいいんだっ!!

「あの………俺が眠り込んでいたらカミュだけが人の気配を感じて……」
「ふむ。」

   だめだっ、これ以上一言でも言ったらバレバレだっ!
   いくら付き合っているのを知られているからといって、
   一緒に寝たあとでカミュが誰かに抱かれていました、なんて言えるかっ?!
   といってしっぽを巻いて逃げ帰るわけにはいかん!
   落ち着けっ、落ち着くんだ!
   老師だと思えばいいのだ、この若さは見せかけに過ぎず、その実体は261歳の枯淡の境地に達した老人なのだ!

「で、あのう………カミュが襲われまして。」
「襲われた、とは曖昧じゃな。 物理攻撃か?」
「いいえ、攻撃ではなくて襲われたのでして。 物理……というよりは心理?………あれ? どっちだ?」
「はっきりせんのう。 攻撃されるのも襲われるのも同じじゃろうに。 だいたいカミュが一緒に来なかったのはなぜじゃ? 本人から話を聞くのが一番早い。 」
「いえ、カミュは来れなくて……」

   とんでもないっ!
   老師に相談に行く、なんて言ったらその場が凍りつくのは目に見えてるぜ

「なぜ来れんのじゃ? まさかダメージを受けたのではあるまいな?」
「ダメージは………ありまして。 」
「なにっ! 負傷したのか?! この聖域十二宮において黄金が負傷するとは聞き捨てならん!」
「いえ、あの………負傷というか心理的ダメージでして。」

   いくらカミュが俺そのものだと感じたとしても、
   現実には実体がなかったのだから、物理的ダメージというよりは心理的ダメージだろう
   もし本物だったら………くそっ、その場で血祭りに上げてやる!

「では心理攻撃を受けたか! それにしても反撃はせんかったのか? 黄金聖闘士ともあろう者が三度とも襲われたままというのは解せぬが。」
「反撃って……」

   あの状況のカミュが、いったいどうやって反撃するんだ???

今の今まで考えもしなかったが、老師がその点を疑問に思うのはもっともだ。 しかしカミュにしてみれば、俺だと思いこんでいた相手が実体のないもので、しかもそれにさんざん抱かれていたあげくの出来事だ。 二回目までは最後まで俺だと信じ込んで相手にすべてを知られてしまい、昨夜は途中で異常に気がついたがおよそ反撃できるような心理状態ではなかっただろう。 恐怖と羞恥に襲われて俺の名を呼び必死に手を伸ばして助けを求めるのが精一杯だったのだ。
「………え〜と、反撃はできなくてですね………なんといいますか…」
反撃できなかったのはカミュが究極の受け身モードになっていたからで、得体の知れない相手にすべてを知られてしまったという羞恥と屈辱が身を縮ませていたからにほかならないが、それをどうやって老師に説明しろというのだ?
しかし、この難問を老師の次の一言があっさりと解決した。
「おぬしたち、寝ておったな。」
「え゛…」
「おおかたカミュを抱いておったあとなのじゃろう。 なるほど、それではカミュも反撃できぬわけじゃ。 まったく近頃の若い者はしかたがないのぅ。」
「は……」
「バレバレじゃよ、最初から言えば話が早かったものを。 さあ、今度こそ詳しく話してもらおうか。」

   最初から言えるほど神経太くないです、俺………

こうして俺はなにもかも白状させられたのだった。


                                    



             
実はこの話は愉快系なのでした。