その6  失態

一週間が経ち、計画開始当初の意気込みが薄れた頃になると緊張もややほぐれてくる。 朝 目覚めてからのお決まりの愛の交歓時に結界を張るのもすっかり定着したので、老師の眼差しを気にすることもなくなった。 カミュがいるため、老師の気配が漏れてくることも一切なくて、表面的には二人だけの蜜月状態が続いている。 普通ならカミュがそろそろ切り上げようとするのだが、見えないものに不快な目に遭わされた衝撃を癒そうとするらしく、俺を求める気持ちはまだまだ強い。やさしくいたわってやるのはそもそも得意なので、こっちとしてもこの展開に一層の熱が入るというものである。

   老師と違って俺たちはまだまだ若いんだから、このくらいは当然だろう
   聖戦が勃発でもすればともかく、平時にはこのくらいのエネルギーを消費してもなんの問題もない!
   健康な青少年にとって適度な運動は必要欠くべからざるものだ!

などと理屈をつけながら朝夕たっぷりと親密な蜜月の時を過ごすというのは、やはり一般の常識を超えているだろう。

   いいんだよ、俺たちは聖闘士なんだから!
   かまわないでおいてもらおう!

聖闘士だとどういいのだか、一般人にはさっぱりわからないのだ。

十日目のことだ。 晴天下で一日中訓練に明け暮れたミロが天蠍宮に引き揚げてきた。 カミュは午後の早いうちに切り上げたのだが、若い青銅の相手を頼まれたミロはつい夢中になって夕方になるまで気分よく汗を流したのだ。
「ふぅ〜、こんなときのシャワーは最高だな!」
汗を流して食事とワインを楽しみ、ソファーでくつろいでいるとすぐに眠くなってきた。 それもまた気持ちがよくてつい寝入ってしまい、カミュに揺り起こされてベッドに押し込まれたのはなんとか覚えている。
夜半にふと目覚めると隣りに寝ているカミュがミロの胸にすがるようにして可愛い寝息を立てている。 満ち足りた気分で艶やかな髪を手でもてあそんでいるとカミュがキスをせがんできた。 事実はちょっと身じろぎしたというところなのだが、酔った頭にはキスをせがまれたように見えたということだ。
「ふふふ………わかったよ。」
やさしく応じて目覚めさせ、そのあとは腕の中のカミュ可愛さにお定まりのコースを辿っていった。
「カミュ………カミュ…………愛してる……」
「私も………」
えもいわれぬ悦楽のときが過ぎ、夢中になった俺が今まさに佳境に入らんとしたその瞬間だ。

   まずいっ、結界を張ってないっっ!!!

全身の血が逆流し心臓が縮み上がる。 老師にすべてを見られているかと思うと気が遠くなりそうな気がしたが、もうどうすることもできないのだ。 理性と本能の闘いが数秒続き、やがて俺は諦めた。 いまさら結界を張ることに集中できよう筈もない。

   くそっ! もうどうでもいいっ、知るかっっ!
   長い人生、こんなこともある!

おのれに注がれている老師の視線には目をつぶり、自然の本能にすべてを任せることにした。むろんカミュはなにも気付いてはいない。
果てしなく思えた時間は実は短かったのかもしれないが、それを正しく把握できたのははるか離れた部屋にいる老師のみだったに違いない。 想いを遂げた満足と情動に走った後悔が心の中を去来する。

   ほんとならこのあたりで結界を解くんだよな………ああ、俺ってほんとに………

その意識もやがて甘い闇に溶けていった。



「まったく、なにをやっておるのかのぅ…………といって、やっておることは決まっておるが。 若さゆえの過ちというやつか。」
結界の張られる様子のないままに色濃い小宇宙が流れ出てきて老師を困惑させる。 老師ほどに小宇宙を操ることに熟達してくると他者のそれにも敏感になり、二人の行動は一目瞭然、手に取るようにわかるのである。 最初はささやかな触れ合いに過ぎなかったものが徐々にその濃度を増してゆき、ミロが積極的になるのに合わせてカミュの艶が増してゆくのがありありとわかる。
そのうちにミロの台詞やらカミュの吐息やらその他諸々の気配までが聞こえ始めたのには老師も驚いた。 なにしろ他人の秘事を覗き見るような立場に置かれたのは初めてなので、おのれのセブンセンシズがこのような感知能力を持っていることなど知ろう筈もなかったのだ。
「ふうむ………五老峰に座している間にいつのまにかナインセンシズくらいにはなっていたのかもしれんのう。 それにしても、この年寄りにそう見せ付けんでもいいのじゃが。 血圧が上がるわい。」
溜め息をつきながら待つこと一時間あまり。 いかにも佳境らしい色鮮やかな小宇宙があふれ出したとたんミロの動揺が手に取るように伝わってきたのは、おそらくそのときに結界を張っていなかったことに気がついたものらしかった。
「遅すぎるわい。 それともわざとかの? はて? ミロがそんな太い神経を持っとるようには思えんが。」
やっと結界を張ってくれるかと思いきや、結局そのままになってしまったのには驚いた。 鮮やかな色濃い小宇宙が奔流のように押し寄せてきて思わず手で払いのけたくなったほどである。
「近頃の若い者はまったくしかたがないのう、抑制が効かんのか。 わしの若いころにはこんなことはついぞなかったものじゃが。」
くどきながらなおも様子を見ていると、さすがに疲れたらしく二人ともすっかり寝入ってしまった。 気を取り直して平常心で天蠍宮の周囲に気を配っていると、一時間ほどしたとき誰かがやってきたのだ。


                                    



                    
お待たせしました、やっと進展ですね。
                    老師のお手並み拝見です。

                    色艶の描写については極力曖昧にぼかしてあります。
                    深く追求しないで笑いながら読んでいただけたら幸いです。
                    パラレルです、パラレル、はい。