北原白秋 作詞   山田耕作 作曲

その1  発端

夕方早くから私の手を引いてベッドに入ったミロに思う存分愛された。
「愛してるよ、カミュ………こんなにこんなに愛してる…」
ミロはほんとにやさしくて私のことを気づかってくれるのだ。
時間をかけて愛を紡いだミロは私にやさしい口付けをくれてやがて二人とも眠りに落ちた。

夜中に目が覚めた。
今日は早い時間からミロに愛されていたのだった、とぼんやり思い出していたときだ。 急に抱き寄せられた。
「ミロ………まだ?」
嬉しいけれど、こんなことは珍しい。 朝方までぐっすりと眠るのが普通だからだ。
もう一度情熱的に愛されて我を忘れていたときにふっと横を見ると、なんとそこには眠るミロの姿があった。

   ……えっ?!
   なぜミロがそこにいる?

私を抱いているミロが横に寝ている筈はない。 唖然として手を伸ばし、豊かに流れる金髪に触れてみる。
さらさらとした感触は幻ではない。 たしかに本物のミロとしか思えない。 では私を抱いているのはいったい………?!
ぞっとして手を伸ばす。 たしかに抱かれている感覚はあるということは、私は知らずに誰かに凌辱されているのかっ?

そこには何もなかった。 人の身体があるはずの空間は空虚で、でも私は確かに抱かれていて!
そういえば、ミロだと思っていた相手は一言もしゃべりはしていない。 私がミロと思いこんでいただけで、それは他人の忌まわしい邪恋のなした技なのだろうか?
ともかく逃れようとしたが、手足が押さえつけられて果せない。 
「ミロっ、助けて! ミロっっ!!」
叫んだはずなのにミロは一向に目覚めない。
「いやあああっ!」
喉も裂けよと叫んだがミロには届かないのだ。
「よせっっ!」
手で押しのけようにも相手がいない。 空間に向って歯噛みする。必死に手を伸ばしても金髪にわずかに触れるだけでミロの手には届かない。 
「……っ!」
恐怖に喘ぎながら全身で抵抗したとき急にその気配が消えた。 静寂が戻ってきたのだ。 心臓の鼓動が頭の中で鳴り響き、混乱する心を収めようもない。
何がなんだかわからなくて、それでもとんでもない災厄に見舞われたことは事実なのだ。 恐怖と屈辱に流れる涙をぬぐったとき、ミロと目が合った。
「あ……」
慌てて顔をそむけたがあっさりとつかまえられてミロの方を向かされた。
「……どうした?なにかあったのか?」
「ミロ………」
今さらごまかしようもなくて、すべてを話すしかしかなかった。

ミロは私の話を聞いて、宮の空間を揺るがしかねないほど驚き いきどおった。
途切れ途切れに話している途中で思い出したのは、ごく最近、このようなことが二度もあったことだ。 いずれもミロが横に寝ているのに気付いて不思議に思いながらも私はそのまま眠ってしまったのだ。
きつく抱き締められていた私はミロにすまなくてもうなにも言えず、涙ながらにすがることしかできないのだ。
「すると………さっきの一回だけじゃない気がするというんだな?」
「ん………ここ一週間のうちに同じようなことがあって………さっきのが三回目だ。」
「さっきも途中で横を見て俺に気付いたと言ったな。」
「そうだ………呼んでも聞こえないらしくて………あんなに必死に呼んだのに………」
また涙が出てきた。 ミロのすぐ横で辱しめを受けたと思うと気が狂いそうだ。 過去の二回には私は異常に気付かずに最後までミロだと信じていて、いつも通りの振る舞いをした。 その全てを誰かに見られているのだ。
言うのは怖かったけれどそれでも全てを話したほうが良いと思った。 秘密をかかえては生きてゆけない。ミロは、私の知っているミロは全てを受け止めてくれる器量の持ち主なのだ。
「それは……俺だと信じていたのだから仕方あるまい。 それだからお前は気持ちのままに振る舞ったんだろう?」
「ん………でも私はあんなに……」
ミロはやっぱりやさしくて全てを受け止めてくれて。 それだからますます私は泣いてしまうのだ。
「カミュ………可哀そうに………お前のせいじゃないから、大丈夫だから。 もう絶対に誰にも触らせないから。」
「ミロ………眠るのが怖い………またやってきたらどうしよう……私は……」
考えすぎて頭が痛い。 泣きすぎて目も同様だ。 それでも怖くて眠れない。
「朝になったら天蠍宮に行こう。 ここはほとぼりが冷めるまで来ないほうがいい。 俺のところでゆっくりと考えよう。」
ミロから額に口付けをもらった。 唇にもらえないのが不安で、もしかしたらこんな目に遭った私を疎ましく思っているのではと怖くなる。 その不安を察したのか、
「大丈夫だよ、お前が好きだ。 ただ………あのあとすぐでは、嫌なことを思い出させて苦しめるような気がした。」
「ミロ………」
「安心して。 ずっと一緒にいるからもう大丈夫だ。 誰にも指一本触れさせはしない。 あとのことは俺に任せてほしい。」
「ん……」
唇にもらったキスが嬉しかった。

                                    




  待ちぼうけ 待ちぼうけ しめたこれから寝て待とか
  待てばえものは駆けて来る 兎ぶつかれ木のねっこ