「名探偵コナン 〜願い事ひとつだけ〜 」     歌 : 小松 未歩


◆ 第一章  始まり

目が覚めたときはとくになんとも思わなかった。

いつもどおりの朝で、今日が日曜日だったことを思い出した俺はもう一度ぬくぬくとフトンにくるまって朝寝を楽しむことにした。 なんといっても日本の二月の寒さはことのほか厳しいのだ。
幾度か寝返りを打っているうちに、カミュと図書館に行く約束をしていたことを思い出す。
俺としてはアクション映画とか、なんならラブロマンスのほうがもっと望ましいが、ともかくそういうことに時間を使いたかったのだが、あいにくカミュにはその気はないらしい。
図書館で調べ物があるというので 「付き合うぜ♪」 と言ったらOKが出たのだから、文句をいう筋合いではないのだった。
人付き合いがどうやら苦手らしいカミュから同行を許されるというだけで、それは特筆に価する交友関係だ。
行く先が図書館なのだからむろんお喋りなどはできないが、向い合わせもしくは隣り同士の学習席に座ってカミュの気配を間近に感じられるというのは俺だけに許された特権だった。
俺たちが通う東京・黄金台にある私立異邦人学園高校のキャンパスは広大だ。
その一角にある寮から校舎までの緑溢れる緑道をカミュと歩くのは俺の毎日の楽しみだ。 なにしろ寮の部屋は隣同士なので、クラスも履修科目も同じ俺たちは一緒に行動することが多くなる。

ここだけの話だが、カミュに憧れる女子生徒は数多い。
そんなことはカミュの隣りを歩いていればすぐわかることで、わざと気付かないふりをしながらちらりとこちらを見る視線のいかに多いことか!
通り過ぎれば必ず背中に視線が飛んできて、校舎の階上からはカーテンの陰に隠れて熱い目線が注がれる。
運動場で体育をしようものなら校舎中から手で払いのけたくなるほどの熱波といってもいいほどの気配が降ってくる。
クラスの男子は全員がそれを感じて迷惑がったり面白がったりしているのだが、当のカミュが知らん顔をしているので文句を言える筋合いでもなく、みんな気にしないように努めてはいる。
そんな中でカミュが一向に気付かないのが不思議なのだが、カミュのあまりの人間離れした美しさに、至近距離からまじまじと視線を送る度胸のある女子生徒がいないためか、そうしたことに疎いカミュはなにも気付かないで平静に日々を過ごしているのだった。
俺と知り合いの女子生徒の中には 「 俺と 」 話をするために呼びとめて、そのついでにカミュの足をとどめさせ少しでもカミュのそばにいるという気分を味わおうとする者もいる。
俺には見え見えなのだが、これまたカミュは気付かずにその場に立って俺たちの話が終わるのを静かに待っている。
彼女達はカミュに見られていると思うので思いっきりしとやかにきれいな言葉を使ってハイセンスな話題を俺に話しかけてくるのだが、気の毒なことにはカミュの目にも耳にもそんなものは映りはしない。 きっと頭の中では電子物理学や熱交換理論が渦を巻いているのに違いない。
そんな調子で学問のことしか頭にないようなカミュと付き合う男はほとんどいないので、必然的にカミュと連れ立って歩くのは俺一人ということになる。
そんなふうにカミュにとって唯一ともいえる身近な存在たりえている俺にしても、幼稚舎以来のこの想いを伝えることは難しい。
今までに何度も、 「 今日こそは! 」 と思ったものだがいざそのときになると決意も鈍る。
もし怖じ気をふるわれたり冷たい目線が飛んできたらと思うと、つい二の足を踏む毎日なのだった。

俺?
いや、俺は女子生徒に興味はないので、彼女達がカミュのことばかり見ているからといって落ち込むようなことはない。
もとよりカミュのことしか眼中にないのだから、この状況に文句をいう気など毛頭ないのだった。
念のために言っておくが、俺の評判は悪くない。
これは確かなことで、同じクラスのデスマスクが毎日 証明してくれている。
「おい、ミロ!今朝も隣りのクラスの女の子から手紙をことづけられたが断っておいたぜ。 あいつは勉強が忙しくてそんな暇はない、学生の本分は勉学だって言っているから無理だ、っていういつもの決まり文句だがな。 しかし、もったいないとは思わんか? 揃いも揃って美人ばかりお前に目を付ける。 それを片っ端から断るんだから俺には理解できないね!」
そう、俺は自分でいうのもなんだが、成績がいい。
これは小さいときからカミュに触発されたためで、常に首席の位置をキープしているカミュほどではないが、300名いる同学年でのベスト5以内には常に余裕で入っている。
なんといってもいつかはカミュと親友以上の関係になりたいと思っているのだから、いざそのときになって成績がはるかに及ばなくては惨め以外の何者でもないではないか。
来るべきその日のために、カミュにふさわしい存在であるように俺は努力を欠かさない! 自分に磨きをかけるのは当然だ。 むろんスポーツの方は努力しなくても好成績をあげているのでまったく苦労はないのだった。。

さて、前置きが長くなったが、カミュと図書館に行くという目的を思い出した俺はシャワーを浴びることにした。
カミュと付き合うときには身ぎれいに!
これははずしてはならない鉄則なのだからな。
起き上がってベッドの横の床に足を下ろそうとしたときに違和感があった。

   ………あれ? どうして……?

軽々と床に着くはずの足がなんだか変だ。
着ているパジャマの袖もやたらに長く、妙にじゃまっけなのにいやでも気付く。
当惑しながらそれでも立ち上がろうとして、長すぎる裾を踏んだ俺は見事に床に転んでいた。

   え?………え?

転んだことに呆れながらなんとか立ち上がると、ともかく目線が低いのに驚いた。
それに、なんと裾が30センチくらいも長すぎて、これではまるで松の廊下の浅野内匠頭ではないか。

   俺………小さくなってる…?!

説明できない恐怖に駆られた俺は、転ばないように気をつけながら洗面台の鏡を目指した。
天井が異常に高いっ!
壁の電気のスイッチが頭よりも高いところにあるっ!
ドアのノブの位置も高いっ!
そして洗面台の鏡は俺の直面している現実を見せ付けてくれた。
腰から上が映る筈の鏡には顔の上半分しか映っておらず、、いかにも子供らしい、可愛いとしか言いようのない目がびっくりしたようにこっちを見ている。 顔全体も少し小さいようで、洗面台のふちはちょうど肩の高さになっていた。
「どうしてっっ?!なんでだっ??」
思わず叫んだ声は聞きなれない高い声で、ますます俺を茫然とさせる。
無我夢中になって震える手でボタンをはずし、妙に大きすぎるパジャマを脱ぎはじめた。

   まさか………まさかっっ………

そして現実は情け容赦なかった。
「俺………子供になってる………」
俺はその場にへたり込んでいた。


                                     


   願い事ひとつだけ 叶えてくれるなら
   記憶の中でいつも あなたと生きてたい