◆ 第十一章  携帯


机の横にCDデッキはあるのだが勉強中にはBGMはかけない主義らしい。 眼を凝らしてみるとCDラックにあるのはバッハだのモーツァルトだののクラシックばかりのようだ。 きっと寛ぐときだけに聴くのだろう。
本のページをめくる音とペンを走らせる静かな音が聞こえるだけのカミュの部屋は実に静謐で、その住み手にふさわしい環境といえる。 唯一つ 懊悩する俺の心を除いては。
親友の、と俺は考えているのだが、ミロが一言の断りもなく図書館へ行くという約束をすっぽかし、あまつさえ右も左もわからぬ小さい子供を置きっぱなしにするという、とても立派とはいえない行動の論理的裏付けとはいったいなんだろう?
不幸中の幸いなのは、今日の日曜日から明日の創立記念日、明後日の建国記念の日までが三連休であることで、学校へ欠席届けを出す必要がないことだ。
なにしろ名探偵コナンとは事情が違う。
コナンは蝶ネクタイ型変声器を持っているので大人や本人になりすました電話などはお手の物だし、阿笠博士という社会的に信用のある大人の協力者も持っている。 それに加えて女優だった自分の母まで秘密を知っていて、なにかの時には面白がりながらも助けてくれるのだから問題はない。
しかし、俺にはドラえもんばりの便利な機器はないし、大人の協力者もいないのだ。 所用で欠席します、の電話さえすることが出来ないのは痛手だった。

   まったく子供の声っていうのはどうしようもない!
   電話一つ出来ないんだからな………
   ……ん? 待てよ?

俺は熱心に本を読んでいるカミュから眼を離さないようにしながら、枕元に大事そうに置いてある犬のデザインのリュックにそっと手を伸ばした。


机の上の携帯が振動した。 手に取ったカミュが慣れた動作でキーを押す。
「あ…」
小さく声を上げると俺の方を振り向いたが、フトンをかぶって眠っているらしいのを見て姿勢を戻すとメールを読み始めた。 予定通りだ。


                         


読み終わったらしいカミュが返信を打ち始め、しばらくしてフトンの奥でしっかりとくるんである俺の携帯が振動した。


                            


まったく携帯のありがたさには涙が出る思いだ。 これだけのことをあっさりとメールで伝えてあっという間に了承が取れるところなんかは神業としか思えん! 相手の時間を拘束する電話よりも、好きなときに読めて好きなときに返信できるメールの方が好まれているのだから、カミュも俺が電話をかけないことについては疑問を感じないだろう。


                          


フトンの中でカミュに気付かれないようにメールするのもなかなか苦労する。 ほんの僅かの操作音でも、聞えたのではないかとはらはらしてしまう。 スパイなんかには適性がないと思う。


                          


これで、お前に似ていてほんとうに可愛くて! とか書いてくれたら嬉しいんだが、高校生のカミュにそこまで望むのも無理かもしれない。 なんにしてもこれで火曜日までは安泰なのだ。
起きたらカミュと一緒に服を買いに行き、来るべき夜には、ふふふ、ついにカミュに抱かれながら寝られるのだ!
あ〜、幸せだ!
もし元に戻れなかったら……という疑惑が頭を掠めはしたものの、極力気にしないことにした。 きっと神は救ってくださる。 こうみえても俺は信心深いほうなのだ。
携帯の電源を切り、フトンの中に引き込んでいたリュックの中にしっかりとしまい込むと、すっかり安心した俺は寝返りを打つ振りをしてカミュの方を盗み見た。

   ………あれ? パソコンを見てる。
   あれって………レシピだ! ほんとに俺のために手作りの夕食を作ってくれるのか?
   「 ハンバーグ・カミュ風 」 とか、「 ビーフシチュー・カミュ仕込み 」 とか♪
   買い物して、手作りの夕食を二人で食べて、抱かれながら寝て!!
   ……待てよ? も……もしかして一緒に風呂に入るんじゃないのか?
   五歳の幼児を預かっている人間は、一人では風呂に入らせないような気がする!
   ああああああ〜〜〜、絶対に眠れないっ、明日の朝はきっと睡眠不足だ!

俺は自分が幼児であることも忘れて、まるで新婚の若夫婦になったような気がしていた。
え? どっちが妻かって?
そりゃあ、もちろん………♪