◆ 第十四章 外 泊 2
浴室の作りはどこもみんな同じだ。
カミュに買ってもらった真新しいパジャマとパンツを脱衣籠の中に置いた俺がのろのろと服を脱ごうとするとムウが手を出してきた。
「ぼく、一人で脱げるよ!」
慌ててそう言うと、
「ジョアンはしっかりしているんですね。 私の弟の貴鬼はこの年頃にはいたずら盛りでたいへんでしたよ。」
「弟がいるの? もう大きいの?」
ムウの兄弟関係には興味などないが、黙って脱いでいるよりはなにかしゃべっていたほうがいい。
「いま8歳ですよ、まだ子供だけどよくお手伝いをしてくれるいい子です。」
「お手伝いなら、ぼくもできるもん!」
子供なら対抗意識を燃やすかもしれないと思って自慢をすることにした。 現にカミュと一緒に食事の後片付けをしたのだから間違いではない。
もっとも、あれは手伝いなどではなく二人の愛の共同作業だが。
「ジョアンはえらいんですね、ほら、パンツも脱いで。」
くそっ、ほんとに著しくアイデンティティーを傷つけられるぜ!
よせっ、手を出してくれるなっ、貴様にパンツを脱がせてもらったら末代までの恥だっっ!
日本に住んでいれば銭湯や温泉では互いに平気で風呂に入ってはばからないのが当たり前だから裸はまだ我慢できる。
もっともうちの学校の修学旅行は、生徒が外国人だということを考慮して各部屋にバストイレがついているホテルに泊まるのだが。
それでも生徒の中には、温泉好きの親に連れられて小さいときから大浴場に慣れているものも数多い。
俺だって、ソティリオが来たときには同行して通訳を兼ねながらあちこちの温泉を楽しんでいる。
しかし!
ムウの目線が気になる。
ムウがどんなに自然に振る舞っていても、俺が高校生のミロの幼児化した身体だという証拠をつかみたがっているように思えてならないのだ。
「では、入りましょう。」
ムウも当然裸だが、まったく興味がないので見もしなかった。 風呂に入れば裸なのは当たり前だし、お互い男なのだからべつに目当たらしいことも何もない。
それは………これがカミュだったらとても平静ではいられない!
見たいけど見ちゃいけないっ、とか思ってその心理的葛藤は凄まじいものがあるだろうな、きっと!
不自然さがないように普通にしてると、どうしても見えるに決まってる………ああっ………
………心不全を起こすんじゃないのか??
でもって、驚いたカミュに抱きかかえられたら容態はさらに悪化の一途を辿りかねん!
俺が幸運にも(?) 避けられたらしい運命に思いを馳せていると、白いプラスチックの椅子にムウが腰掛けた。
「椅子が一つしかないのでごめんね、さあ、ここに立って。」
「え?」
ムウに引き寄せられて膝の間に立たされた。 あっという間に泡のたったスポンジが首や胸を往復し、他人に身体を洗われる経験などとっくの昔に忘れていた俺を茫然とさせた。
「ええと………くすぐったい!」
脇の下は自分で洗うからくすぐったくないのであって、どうして他人だとこんなに耐え難いんだ?
それに………
「わっ……」
「スポンジも一つしかないので私が全部洗ってあげます。」
もっともな判断だが、なにもそんなとこまで洗わなくても………………情けなさに涙が滲む。 屈辱をこらえながら、もしこれがカミュだったら……と前向きな発想をすることにした。
カミュに洗われたら、一生忘れられないだろうな………
もしかして、俺が 「洗ってあげる!」 って言ったら、
あのやさしいカミュのことだからすぐに洗わせてくれたりして♪
お、俺、どうしようっっ!
「次は頭ですよ、シャンプーハットがないけど大丈夫かな?」
シャンプーハット? なんだ、それは? リンガーハットなら知ってるが。
「なんだかわかんないけど大丈夫!」
めんどくさいので気にしないことにした。 元に戻ったら検索してみよう。
「膝に乗りますか?」
………膝? 膝に乗るって?
一瞬わけがわからなかったが、どうやら頭を洗ってやるから向こう向きに膝に乗れということらしい。
そ…そ…そんなことをしたら接触するだろうがっっ!
なにがって………俺の身体とムウの……!
「ううん、石鹸ですべっちゃったら危ないから立ってる。」
ふぅ〜、我ながらうまく言い抜けたものだ。 俺が自分の機転に感心しながらムウの膝の間に立っているとムウが頭を洗い始めた。
「きれいな金髪ですね、ほんとにミロと似てますね。」
「パパもママももっときれいな金髪だよ。」
これは本当だ。 金髪だというだけで関係付けるんだったら、俺とレゴラスとオスカルは親類か?
ふうん………他人に頭を洗ってもらうのは理髪店以外では初めてだ
それにしても、これがカミュだったら一生の思い出だぜ………
「目にはいると沁みるから、ぎゅっと目をつぶっていてくださいね。」
「うんっ!」
幸いムウの髪も長いのでここにもリンスがあった。 ひそかに髪が自慢らしいムウはシャンプー類にも気を使っているらしく指通りがいい。
洗い髪をタオルで上手に巻いてくれるところはまあ及第だ。
「では今度は私が身体を洗うのでジョアンは背中を洗ってくれますか?」
ムウの背中か…………日本人なら修学旅行でやりそうなことだとあきらめることにした。まさか前を洗えというはずはない。
後ろに回ってスポンジでごしごし洗いながら、もしこれがカミュだったらと考えてしまう。
きっと素晴らしく白くてなめらかで吸い付くようで………あ〜、逃がした魚は大きいっ!
明日の夜には絶対にリベンジするからなっ♪
背中を洗い終わると解放してくれたので先に湯船に入った。
「いい気持ち!」
「なにもおもちゃがなくてごめんね。 水鉄砲でもあればよかったのだけれど。」
水鉄砲………この俺が?!
もしもカミュが相手なら、遊んでる振りをして狙いをつけるんだがな………どこにって………そんなことはここでは言えない。
このあとムウも湯船に入ってきて、中は当然の如く狭くなった。
「もう上がる。」
「まだ暖まっていませんよ、ジョアン。 」
「でも、もう上がる〜。」
「では、あと20数えてから上がりましょうね。」
「え〜〜〜っ!」
俺は有無を言わさずムウの膝に乗せられて肩まで沈められた。 当然のことながら俺とムウの身体は密着し………あとは言うまい………。
向い合わせでなかったことだけはここで言明しておく。
ほうほうのていで風呂から上がり、妙な身体検査をされないうちにさっさとパジャマを着た。
あとから上がってきたムウが暖かいミルクを飲めという。
「う〜んと………じゃあ、飲む。」
幸いにも砂糖は入っていなかった。
「虫歯になるといけないからお砂糖は入れてません、貴鬼にもそうしていましたしね。」
なるほど、兄弟のいないカミュとは育児経験が違うということか。 それでもやっぱりカミュの方がいい。
持ってきた歯ブラシで歯を磨くとあとはもう寝るだけだ。
「少しご本を読んであげましょう、ちょうど貴鬼が置いていった本がありますし。」
「うん♪」
ほんとは静かに寝たかったが、子供らしくするのがいちばんだ。 そうすれば怪しまれないに違いない。
「むかしむかしあるところにあてなとあてなをまもる12人の少年がすんでいました。 あてなはとてもきれいな女の子で少年たちもみんなきれいなかおをしていました。ある日そこへめいおうはーですがやってきました。
あてなはよろこんでお茶をだしてもてなしましたが、じつはめいおうはーですは悪だくみをもっていたのです………」
どうにも眠気がさしてきた。 どこかで聞いたことがあるような話なのだが、どうにも我慢ができない………。
もう………ほんとに………………俺………は………。
「ジョアン?………ジョアン? 眠ったのですね………慣れない場所で入浴して暖かいミルクをたっぷり飲めば当然ですね。
………それではゆっくり身体を調べさせてもらいましょうか、ミロ♪」
本を閉じたムウの含み笑いは俺には聞こえなかった。
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