◆ 第十五章  愛の夢


ムウの声が遠のいた。
アテナを守るという12人の少年の話が気になるがとても目を開けてはいられない。 背中を軽くさすっているムウの手も気になったが、今日一日の疲れを癒すべく襲い掛かってくる睡魔に勝つすべはなかった。
眠っている間に誰かに抱かれたような気はする。 パジャマの乱れを直されたような気もするし、髪をかき上げられたような気もする。

   いやだ………さわられたくない………………誰がムウなんかに………
   俺に触れていいのはカミュだけで………カミュになら抱かれたい………きっととても暖かい………

はっと気がつくとムウに見つめられている。 秘密めいた笑みを浮かべながらなにかささやいて、俺のパジャマのボタンをはずそうとしているのだ。
全力で抵抗しようとしたが力が入らない。 さっき飲まされたミルクになにかろくでもないものでも入っていたんじゃないのか??
「いやだっ、いやだ〜〜っ!!」
叫ぼうとしても声が出なくて恐怖と屈辱に震えているうちになにもかも剥がされた。
「ふふふ………ほんとに子供の身体なのか調べさせてもらいますよ、ミロ。 すべすべした肌がとても気持ちいいですね♪」
妙に嬉しそうなムウに押さえ込まれて手も足も出ない。含み笑いが耳元で聞こえてきて情けなさに涙がこぼれる。

   カミュっ、カミュ〜〜〜!

ムウの手が容赦なく伸びて俺は身をすくめた。
その危急存亡のとき、急に部屋のドアが開いてカミュが飛び込んできた。 嬉しさ 眩しさに目がくらむ!
「私のミロになにをするっ!」
心震わせる台詞に魂が天に昇るようだ。 つかつかと近寄りムウの魔手から俺を奪い取ったカミュが驚きに目をみはっているムウに向けてすっと手を伸ばす。
「受けよ、凍気の真髄を! オーロラエクスキューション!」
凛としたカミュが美しい色彩の渦を放つ。 声にならない悲鳴を上げた悪の巨魁ムウはその場に倒れ伏し、俺は歓喜の声を上げてカミュに抱きついて、このときとばかりに本気のキスをした!甘い唇が俺のそれをやさしく包む。
………あれ? すごくかっこいいけど、なんでカミュは黄金の鎧なんか着てるんだ?
俺のことをジョアンじゃなくてミロって呼んだし。
これって、なんかおかしくないか?



夢を見ていたらしい。
ムウに調べられることを心配するあまりずいぶんと発展的なストーリーだったのにあきれてしまうが、夢の中のカミュはやたらかっこよくてまだ目に焼きついている。

   あの金色の鎧はなんだろう?
   青いマントもよく似合っていたし、頭につけていた装飾的な飾りも実に美しかった!
   ああ、なんて素敵なんだ、やっぱりカミュは最高だ♪
   しかし、裸でカミュに抱かれてた俺って、いったい………

面白さとおかしさに笑いがこみ上げてくる。 ぬくぬくと気持ちよくフトンにくるまりながら夢の中のカミュを忘れないようにしようと思って細かいところまで思い返して心の中に刻んでいると、どこかからクラシックが聞こえてきた。

   あれはリストだ………たしかあれは 「 愛の夢 第三番 」で………
   う〜ん、素敵だ………カミュと俺の愛の夢みたいだ…………

そのときどこかでドアが閉まる音がして、 こころよい旋律に身を任せていた俺はいきなり現実に引き戻された。

   忘れてたっ! 俺はムウのところに泊まったのだった!

恐る恐るパジャマを確かめてみると、きちんとしていて上着の裾も乱れてはいない。 しかし、眠っている間になにをされたかわかったものではないのだ。 血液検査とかされたんじゃないかと思ってそっと腕を見てみたが、それらしいところに採血の痕があるようには見えない。 しかし俺には見えないところからこっそり血を採ってたりして………。
いささか不安になりながらふと壁を見上げると植物画が掛かっている。

   ………あれ? ってことは………!

「目が覚めた? ジョアン。」
懐かしいカミュの声に俺は飛び起きた。 「 愛の夢 」 がいっそうの輝きを増した。

「それじゃ、コンピュータはすぐ直ったの?」
「みんなで力を合わせて頑張ったら思ったよりも早く直せてね。 まだ九時にもなっていなかったから、ジョアンが寂しがるといけないと思ってムウのところに迎えにいったんだよ。」
にっこり笑ったカミュが俺に暖かいミルクをくれた。 相変わらず砂糖がたっぷり入っていたが、俺はちっとも気にしない。 蜜月時代っていうのはこういうことを言うんじゃないのか?
「僕、ちっとも知らなかった!」
「そうだね、ジョアンはもう眠っていたけど、ムウにわけを話してうちに連れて来たんだよ。 ムウはちょっと残念そうだったけれど、ミロからジョアンを預かったのは私だからできるだけ一緒にいなくてはいけないからね。」
7時半から見たくもない 「 きかんしゃトーマス 」 を見てそのあと風呂に入ったのだから、俺がムウの朗読を聞きながら眠ったのは9時頃だったに違いない。 とするとおそらくムウは俺の身体を調べる暇はほとんどなかった筈だ。
「ここまで抱っこされてきたのかな?」
ミルクのカップを両手で抱えながら訊いてみた。 そうに決まってるがカミュの口から聞いてみたい。
「よく眠っていて、抱っこしても起きなかったよ。 ベッドに寝かせてもすやすやと寝ていたもの。」
「どうもありがとう! やっぱりカミュのお部屋がいいな、壁の絵がきれいだし、この音楽も好き♪」
これはほんとのことだ。 誰が 『 羊達の沈黙 』 のポスターに見下ろされていい夢が見られる?

   カミュの描いた植物画に見守られて
   カミュの匂いでいっぱいのフトンにくるまってリストを聴いて………
   う〜ん、最高だ!

そうやって俺が愛の夢を楽しく育んでいるとカミュの携帯にメールが来た。 さっと目を走らせたカミュがにっこり笑う。 どうしてこんなにきれいな笑顔なんだろう。 思いっきり見とれていられる立場も悪くない。
「ジョアンは遊園地が好きかな? 」
「うん、大好きだよ!」
五歳の男の子ならたいがい好きに決まってる、でもなぜだ?
「それなら今日は学校の創立記念日でお休みだから遊園地に行こう。 デスマスクから誘われた。」
「デスマスクって………ああ、あの高い高いしてくれたお兄ちゃん?」
「ジョアンがまだいるなら、退屈しないように遊びに行こうって誘ってくれたんだよ。 きっと楽しいと思う。」
「うんっ、行く!」
まさかムウは来るまい。 デスマスクはムウと気が合うとは思えないし、それに昨夜足をくじいたという理由でコンピュータの修復に参加しなかった人間が、どの面さげて遊園地に行けるというのだ?
ほんとはカミュと二人っきりで楽しく過ごしたかったのだが、ここで行きたくないと言って断るのも不自然だ。 それに外歩きをすれば自然とカミュと手をつなげるだろう。 いくらなんでも家の中では手をつなげない。

朝食を食べてから正門でデスマスクと落ち合うことになったが、その前にカミュの目を盗んで携帯からメールを入れておく。 むろんミロからの定時連絡で、ちょっとした報告とジョアンの様子を尋ねる内容だ。 すぐにカミュから返信があり、万事うまくいっている、今日はこれからジョアンを連れて遊園地に行く、と書いてあった。
これでよし! そろそろ携帯に充電したほうがいいので、カミュのベッドの陰になっていて普段は使っていないらしいコンセントにこっそりと繋いでおくことにした。 帰宅してすぐに回収すればなんの問題もない。
「用意ができたら出かけるよ。 今日は寒いからマフラーを忘れずに。」
「はあい!」
遊園地に行くのは久しぶりだ。 最後に行ったのはいつのことだったろう。 俺はカミュと手をつなぐとルンルン気分で玄関を出た。

          
              
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