◆ 第十七章  TDL 1  〜 入園 〜

「ほら、ジョアンくん、あれがディズニーよ!」
振り返った魔鈴が電車の窓の外を指差した。 遠くの方にシンデレラ城の高い尖塔が見えてきて、同じ車両に乗っている何人もの子供が窓に顔を押し付けながら 「ディズニー、ディズニー♪」 と嬉しそうに言っている。
しかたがないので、
「わぁっ、すごい! ほんとにお城だ!」
と目を輝かせて言ってみた。 まさか、いかにも知っているような顔をして重々しく頷くのではまずかろう。
「あそこのミステリーツアーって、もう終わっちゃったのよね〜。」
「ジョアン君、きっと喜んだのに残念ね! メダル、あげたかったなぁ!」
シンデレラ城の地下で開園以来20年も続いたアトラクションが終了したのはたしか去年の春だ。 キャスト、つまりディズニー側のスタッフをこう呼ぶのだが、芝居っ気たっぷりのキャストに連れられて冒険をして歩き、最後に魔王と闘うことになってキャストが 「誰か勇気ある人はいませんか?」 と聞いたらすかざす 「はい!」 と手を挙げると選ばれて光の剣で魔王をやっつけて褒美にメダルがもらえるというやつだ。 
このアトラクションはスタッフのノリにこっちも合わせるのが重要で、けっしてしらけたような顔をしてはいけない。 小学校の卒業遠足で行ったときにはカミュの前で茶目っ気を見せ、「はい! ミロ、行きま〜す!」 とすばやく挙手をしてたった一人しか選ばれない勇者の役をゲットすると、オビ・ワン・ケノービのごとく光の剣を構え、  「正義の剣を受けてみよ!」 と一閃で魔王を倒し、キャストから大拍手を受けたものだ。 今から思えば恥ずかしすぎるが、子供のことだからいいことにしよう。 照れながらもらった勇者のメダルは今も引き出しの奥に入ってる。

もうじき舞浜に着くというときににデスマスクとアイオリアがチケットのことについて相談し始めた。 ディズニーランドとディズニーシーはチケットが別で、一日ではどちらか一つだけしか見られない。チケット売り場も別々のところにあるので、シーに行くのなら舞浜に降りたらすぐにモノレールに乗り換えなければならないのだ。
「俺は断然シーだな! タワー・オブ・テラーをまだ見てないからな。」
「いや、今日はジョアンのために来たのだから、オーソドックスなランドの方がいいだろう。 子供が楽しめるものがたくさんある。」
そこに魔鈴が口をはさんだ。
「私はジョアン君にイッツ・ア・スモールワールドを見せたいわ。 男の子でもきっと喜ぶわよ。」

   えっ! あんなものをこの俺が見るのか??

「よせよせ、男ならそんなじゃだめだ! カリブの海賊の方がいい!」

   う〜ん、あのボートに乗るやつか?? あれは2年生くらいで一回乗ったきりだぜ
   たしかにイッツ・ア・スモールワールドよりはましだろうが、大砲の音で驚けと?

「射的は? ジョアン君にあたしの腕を見せてあげる!」
シャイナが得意そうにする。 子供相手に射的の腕を自慢されてもなぁ………。
だいたい射的なら俺こそ百発百中だったぜ! 大きくなったらシティ・ハンターになれるってもてはやしたのは、シャイナ、お前じゃなかったか?
「みんなの意見はわかったけれど、ジョアンはなにが見たいのかな?」
カミュがやさしく訊いてくる。

   う、う〜む………俺もこないだは混んでて乗れなかったタワー・オブ・テラーに乗りたいが、
   あれはかなり恐怖を前面に押し出してるはずだ
   とすると五歳の俺は乗れなかったりして………
   しかし、ランドの方のビッグサンダーやスプラッシュもちょっと怪しい………
   この身長で足りるのか?

この場で携帯で検索してもらえばすぐにわかることなのだが、五歳のジョアンがアトラクションの利用制限を気にするというのは不自然だ。 ちょっと考えた結果、ランドなら、ビッグサンダーやスプラッシュがだめでもジャングルクルーズやホーンテッドには乗れるだろうと考えた。 とすると、この場合の適切な返答は………。
「ええとね、海賊のがいい♪」
「ではディズニーランドにしよう。」
カミュの鶴の一声で今日の予定が決まった。

舞浜駅を降りるとそこはもうディズニー一色だ。 親子連れだけでなく、俺たちのような若い年代層が数多い。 幼稚園の子供を引率して歩く教師もいれば、明らかに修学旅行とおぼしき団体もぞろぞろと歩いている。 2月の始めに修学旅行というのも妙だが、この時期に済ませておいて、3年になってからはすぐに受験対策に打ち込めるようにとの配慮の結果だろう。
「とってもたくさんの人がいるから迷子にならないようにね。」
「迷子になんかならないよ、カミュと手をつないでるもん!」

   願ってもない!
   今日は一日中、カミュを独占して手をつなげるじゃないか♪

改札口を出ると左はショッピングモールのイクスピアリ、右に行くとディズニーグッズの大きな店を左手に見ながら人の流れは自動的に正門まで誘導されるようになっている。 わかってはいるものの、なんとなく浮き浮きしてしまうのはいつものことで、今日ばかりは子供だからと気楽に喜んでみることにした。
「すごい、すごいっ! カミュはもう何度も来たの?」
「そうだね、5回くらいは来てるかな。 学校の遠足とか友達と来たりとか。」
とするとその全部に俺はしっかり絡んでる。
さすがに二人だけというのはないが、あまり乗り気でないカミュに 「ビッグサンダーでカーブを曲るときの遠心力なんかを実感できるぜ!」 とか  「スプラッシュの落下速度と浮遊感を感じて欲しいな!」 とか言ったらすぐにその気になってくれるのだ。
「ミロおにいちゃんも来たことあるの?」
ちょっとどきどきしながら訊いてみた。
「何度もあるよ。 一緒にいろいろな乗り物に乗ったし。 そうだ、ミロはシンデレラ城でメダルをもらったことがある。光の剣で魔王をやっつけたご褒美だ。」
「ふ〜ん、すごいね!ミロおにいちゃん、かっこいい!」
自分で自分を褒めてあげよう。

幸いなことに入り口は思ったほど混んでない。 といっても入場待ちの列はそれなりに長いのだが、このくらいならたいしたことはないだろう、15分くらいで入れる筈だ。
「うわぁ〜っ、こんなにたくさん並んでる!」
「ジョアン君は初めてだからびっくりしちゃうわね。 あと少しで中に入れるからもうちょっと我慢してね、中に入ったらミッキーマウスに会えるわよ♪」
「ミッキーと一緒に記念写真とってあげるね!」
魔鈴とシャイナがにっこり笑う。 ははは………俺がミッキーと………。

   運悪くそれが現実化したときには絶対にカミュも一緒に撮ってもらおう!
   災い転じて福となす、だ!

ぎゅっと握りしめた手が暖かかった。