◆ 第十八章  TDL 2  〜 カリブの海賊 〜

中に入ったのは10時過ぎだ。
ディズニーを見るには朝一番で来るのが望ましいが、混雑する時期には開園前に来ても入場一時間待ちなんてこともよくある話で、五歳のジョアンがいることを考えるとこのくらいの時間に来てスムーズに中に入るほうが妥当といえるだろう。
ゲートを通り抜けた広場にはさっそくミッキーが両手を広げて待っていた。
「ほら! ジョアンくん、ミッキーがいるわよ!」
「わぁっ、ほんとだ!!」
「おい、写真はあとだぜ。 まずアトラクションをこなそう! 長く並ぶようなら、誰かを残しておいて列を抜けて写真を撮りにくりゃぁいいからな。」
デスの言うとおりで、ディズニーではともかく並ぶ。 以前はビッグサンダーで3時間待ちなんてこともあったらしいが、この頃ではシーができたこともあって客が分散し、そこまで待つことはないらしい。 とはいっても建国記念の日の今日はかなりの人出で、効率よく見て回るためには要領よく動かないとお目当てのアトラクションを全部見ることは困難なのだ。
「カリブの海賊はすぐ左にある。 ジョアン君は喜ぶと思うよ。」
アイオリアが指差す先にあるカリブの海賊は、映画 「パイレーツ・オブ・カリビアン」 の基になったアトラクションで、ジョニー・デップ扮するキャプテン・ジャック・スパロウなど映画の登場人物やエピソードを取り入れてリニューアルしたばかりだ。 さすがに小さいときに見ただけなので、どんなふうに変わったかについては興味がある。
俺たちは早足で広場を抜けるとさっそくカリブの海賊の行列に並んだ。 幸い、それほど混んでなくて10分くらいで乗れそうだ。
「海賊って怖いの?」
「本物の海賊は怖いけれど、この中にいる海賊は作り物だから大丈夫だよ。 見ているだけで通り抜けられる。」
「本物だったら闘うよ、ぼく!」
「ジョアン君は勇敢ね! 男の子はそうでなくちゃ!」

   海で本物に遭遇して襲われたら、まずは生きて帰れまい
   身代金を要求されて金だけ取られて、「はい、さようなら」 と首を切られるというのもありそうな話だ
   それに、カミュほどの美形だったらどんな災厄が降りかかってくるか考えるだけでも恐ろしい!
   海賊なんて男所帯で餓えたやつばかりだからな
   万が一に備えて、フェンシングでもやっておいたほうがいいかもしれん!

あらぬことを考えていると順番が来た。 20人ほどが乗れる船に乗り、あらかじめ設定されているコースを進んでいくうちにいろいろな冒険シーンをくぐり抜けるという趣向だ。 むろん俺とカミュは隣り同士でそこのところはいい気分である。
右手にフレンチスタイルのレストラン・ブルーバイユが見えてきた。 バイユ Bayou とは入り江のことである。
「あれっ? どうしてあそこでご飯食べてるの?」
「あそこはレストランになっていてお食事ができるのよ、素敵でしょ♪ まだ食べたことないのよね〜。」
「きれいだね、素敵だね〜♪」
せいぜい子供っぽくしようと感心した声を上げていたらカミュが、
「では昼食はここにしよう。」
といったので驚いた。 いくらなんでも即断即決すぎやしないか?
「だめだぜ、あそこは高すぎる。 この人数で行ったら1万円ではきかないからな。」
「それはそうだが、初めて日本に来たジョアンにいい思い出を作りたい。 いくらアメリカ資本とはいえ、ディズニーに来てまでハンバーガーではちょっと寂しくはないだろうか。」
「う〜ん、それもそうか。」
「いいチャンスじゃない♪ あたしたちも賛成よ!」
もともと女というものはムードを重視する生き物で、たしかにその見地から言えばこのレストランは照明を抑えてあってインテリアもカリブの海賊の暗い入り江の雰囲気をうまく生かしてあるといえる。 それはまあ俺だって、たとえカミュとうまくいっても男二人でここで食事をすることは考えられないし、このチャンスを逃す手はないのだ。 今後もディズニーに来るとすればグループなのはわかりきっていて、その場合はこのレストランには入るはずがない。

   ちょっといいかも♪
   あそこの照明でカミュがどれほど幽玄の美を放つか楽しみじゃないか!

「あそこで食べた〜い!」
「では降りたら予約してみよう。」
こうしてアトラクションを楽しむ前に昼の予定の方が先に決まった。

そしてリニューアルしたカリブの海賊はなかなか面白かったといえる。
どうせ機械仕掛けの人形が動いているだけなのだから、とは思っても、計算されつくしているアクションがけっこう意表をついてくる。 小さいときに乗っただけなのでほとんど忘れていたのもよかったのだろう。 砲弾と怒号が飛び交い、急に炎と白煙が上がると、はっとしてカミュの手を握り締めたりするのもいい感じだ。
「大丈夫だよ、怖くないからね、ジョアン。」
なんていって肩を抱き寄せてもらうのも快感だ。 ルートを抜けるときには、カリブの海賊万歳!という気分になっていた。
「あ〜、面白かった!」
「よかったわね〜♪」
魔鈴とシャイナも嬉しそうにしているが、もしかして俺みたいに隣りと手をつないでたんじゃないか、と思うのは邪推だろうか。

外に出るとカミュがレストランの予約を済ませてきた。
「1時からの席が取れた。」
「よかった〜♪ これからどこに行くの?」
「ビッグサンダーかスプラッシュだな。」
「いや、ジャングルクルーズもいいんじゃないかな。 ここに隣接していて都合がいい。」
意見が分かれたが、
「混んでいる可能性のあるビッグサンダーを先に済ませて、食事までの時間を見ながらジャングルクルーズに乗ったほうがいいだろう。 そのほうがレストランに近くて確実だと思う。」
というカミュの的確な判断が通り、次に向うのはビッグサンダーということになった。
ドキドキである。
いや、ビッグサンダーの迫力が、というよりも俺が年齢や身長制限に引っかからないか、ということがである。 空飛ぶダンボとジャングルクルーズで午前中を終わるのではあまりにも情けない。
早足で向うビッグサンダーから豪快な通過音と楽しそうな歓声が聞こえてきた。



                  
※ カリブの海賊のリニューアルオープンは2007年7月。
                     この話は2月の出来事ですが、時制の不一致は御容赦ください。