◆ 第十九章  TDL 3  〜 ビッグサンダーマウンテン 〜

幸いなことにビッグサンダーの乗車制限はクリアーできた。 小さくなった自分が何センチかなんてまったく知らなかったが、身長制限があるアトラクションの入り口付近には身長の目安になる簡単なゲートのようなものがあって利用可能かはその場でわかる。 ビッグサンダーは身長102センチ以上ならOKなのだ。 けっこう小さい子供でも乗れるものだと思う。それにしてもどうして102センチなのだろう?
「待ち時間は45分だそうだ。 ジョアン、だいぶ待たなくてはいけないんだけどいいかな?」
「そのくらい平気!」
ビッグサンダーで45分なら、なんてことはない。 開園当初は3時間待ちもざらだったというからな。
それに並んでいるとけっこう早く前に進むし、連れと喋っていれば時間はあっというまに過ぎていく。 ディズニーで並ぶのは苦ではないのだ。
「おい、知ってるか? ディズニーでデートすると別れる羽目になるっていうジンクス。」
「やだぁ〜、なによそれ?」
マリンとシャイナが声を上げた。
「あんまり待ち時間が長いんでカップルのあいだで間が持たなくて話が途切れてしらけてくる。 すると、なんてつまらない相手だろうと感じ始めて気まずくなって、それが原因で別れちまうんだそうだ。」
「え〜〜!」
「だから地元の人間はディズニーではデートしない。」
「ほんとにぃ〜?」
「でもあたしたちは大丈夫よね〜、だってこれ、デートじゃないもの。」
「そうよ! ジョアンくんをディズニーに連れて来てあげてるんだもの!」
「そうよね〜!」
それは間違いではないだろうが、それにかこつけてデートをしてるんじゃないのか? お前らは。
「ねえ、デートってなあに?」
カミュの手を引っ張って聞いてみる。
「ええと、デートというのは、とても仲のいい友達同士が一緒に遊んだり食事をしたりすることだよ。」
「仲がいいだけじゃだめなのよ、好きだと思う人と一緒にいるのがデートなんだから。」
「ね〜♪」
おいおい、アイオリアが照れてるが。
「ふうん……じゃあ、僕もカミュとデートする! カミュのこと、だあい好き!」
まったく子供っていうのはいいものだ。 普通なら口が裂けても言えないようなことでも、なんのてらいもなく言えるのだからな。
「あら、ジョアンくん、せっかくだけどデートっていうのは男同士や女同士ではしないのよ。 とっても仲のいい男の子と女の子がするって決まってるの。」
「え〜!つまんな〜い!」
「大丈夫だよ、ジョアンとデートしてあげるから。 男同士でも好き合っていればかまわないと思うから。」
「きゃあ〜、発展的ぃ〜♪ いいこと聞いちゃったんだから〜♪」
「ジョアンくん、キスしてもらいなさいよ、絶対よ!」
「うんっ♪」
囃し立てられたカミュはちょっと顔を赤らめながらにこにこしてる。

   あ〜、ほんとにそうなりたいっ!
   このカミュとデートして、夕日の海岸や緑したたる森陰でしっとりとキスできたらどんなにいいか。

   「カミュ………愛してる……」
   「ミロ……」
   ああっ、なんてすてきなんだ!

俺があらまほしき将来の夢を思い描きながらカミュの手を握りしめているうちに列はどんどん進み、途中の窓から客を乗せて疾走するジェットコースターが一瞬だけ見えた。
「わぁ!すごいっ!」
悲鳴が聞こえ、急カーブの下り坂を曲がっていったコースターがあっという間に岩山の向こうに姿を消した。
「あんなに手を離してて恐くないのかな!すごいね!」
「私は手を離したことがないけど、きっと怖いと思うよ。」
「男が怖いなんて言っていられるか! ジェットコースターの醍醐味は手放しで乗るところにあるんだぜ。」
横から口を出したのはもちろんデスマスクだ。
「安全は保証されているとは思うが、遠心力、慣性などを考えると私はやはりつかまっていたい。」
「ああ、好きにしてくれ。」
苦笑したデスマスクが背をかがめて俺に耳打ちをしてきた。
「おい、ジョアン、カミュは慎重派だからあれでもいいだろうが、お前は大きくなって女の子とコースターに乗るときは手放しで乗るようにしろ。 つかまってたら勇気がないと思われるぞ。 男は度胸だ!」
「うん、そうする!」
カミュがつかまって乗るのは惰弱とかではなくて、石橋を叩いて渡る性格だからだ。 だいたい、あのカミュが手放しでジェットコースターに乗っているところを想像できるものはこの世にいるまい。
「そろそろ順番だよ、ジョアンくん!」
アイオリア がにっこり笑って指差した。 きゃあきゃあ騒いでいたグループが出発していき、次の次には乗れそうだ。
「カミュは何回くらい乗ったことがあるの?」
「五回くらいかな。 ジョアンは初めてだったね?」
「うんっ、とっても楽しみ!」

戻って来たコースターから人が降りて、いよいよ俺達の番になる。 デスマスクとシャイナが先頭でその次がアイオリアとマリン、俺とカミュは三列目になった。
「先頭がよかったのに〜! いいなぁ、デスマスクのおにいちゃん!」
「え〜っ! 先頭は怖いわよ〜!」
「そうだぞ、まだ小さすぎる。」
「そんなことないよ、僕だってバンザイできるもん!!」
手放しが怖くてビッグサンダーに乗れるか! 自慢ではないがディズニーごときのコースターで最後までつかまっていたらこのスコーピオンの………ではない、ミロの男がすたる! ただしカミュは別だ。 端正につかまっているから品があるのだ。
「ジョアンはしっかりつかまっていなくてはいけないよ。 手を離したら危ない。 もしものことがあったらミロに申し訳けがたたないからね。」
「はあ〜い。」
カミュが俺の立場を考えてくれるのは嬉しいが、やっぱり手を離したい。 と思っていたらコースターが動き出した。 スタッフの 「いってらっしゃい!」 の声が遠ざかる。 およそジェットコースターというものは最初こそ思わせぶりにゆっくりで、乗っているほうも笑ったり喋ったりしているものだが、ゆるゆると坂を上って…

   きた〜〜〜っっ!!

連続したカーブに身体が振られ女たちの悲鳴が聞こえてくる。 前に見えるデスマスクはさっそく手を離して順番待ちの列のほうに向かって手を振る余裕を見せている。 俺もやりたいのだが、ここが我慢のしどころだ。
「ジョアン! 大丈夫か?」
「うん! 平気だよ!」
すごい風圧の中でも俺を心配してくれるカミュはやっぱりやさしい! 手を離していいところを見せたかったがカミュが心配するだろうし、たまに後ろを振り向くほど余裕たっぷりのデスマスクに、俺が手を離している横でカミュがつかまってるところなんかを見られたらカミュの立場がないと思って我慢した。
「きゃぁぁぁ〜〜っ!!」
ビッグサンダーは岩山の周りや内部を縦横無尽に駆け抜けるという設定だ。 急にトンネルに入ったり外に出たりしてめまぐるしく景色が変わる。 身体が小さいので以前とはずいぶん感じが違っていて迫力があるのにはちょっと驚いた。 富士急ハイランドのドドンパやFUJIYAMAと違ってディズニーのはお子様向きだと思っていたが、なかなかどうして乗りでがあった。 隣りのカミュの長い髪がときどき俺の頬を掠めるのが予想外に嬉しい収穫だ。
悲鳴と興奮を振りまきながらぐるぐると回ったあげくコースターが止まった。
「あ〜〜、面白かった!」
「ジョアンくん、怖かったでしょ〜?」
「平気だよ、男だからね! もっとすごくても平気だもん!」
しかし、午後には俺はその言葉を撤回することになるのである。

 
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