◆ 第二十章  TDL 4  〜 ジャングルクルーズ 〜

気分よくビッグサンダーに乗ったあとはジャングルクルーズだ。
このアトラクションは30人くらい乗れそうな船に乗って水路を回りながらジャングルの冒険を楽しむというもので、船長役のスタッフの大袈裟な身振りや台詞に合わせてこっちも乗るのが望ましい。
概して日本人はシャイなのでなかなか乗り切れないことが多く、それでも気にしないでマニュアル通りに進めていくスタッフはたいしたものだと思う。いつ乗っても気合いたっぷりの表現力は見上げたものだ。
もっとも俺達が乗ったクルーズに当たったスタッフは楽だったろう。 なにしろ俺たち外人組が乗りまくったのだ、むろんカミュを除いての話だが。
水路の両側には熱帯の植物が生い茂り、カミュが名前や特徴をいろいろと教えてくれる。親切は有り難いがこの場合のジョアンの興味はやはり動物だろう。
「わあっ、すごいっ、あれワニでしょ!すっごい大きい口!!」
「そうだね、でもここにいるのは本物じゃなくてみんな作りものなんだよ。」
「え〜? そうなの? みんな本物に見えるよ! あっ、象だっ!」
子供の視点でものを言うのにもすっかり慣れて自然に言葉が出てくるし、カミュの手を引っ張ったり肩を揺すぶったりしながら話せるのだからこんなにいいことはない。
もちろんアイオリアやデスマスク、魔鈴とシャイナも俺を脅かしてみたりきゃあきゃあ騒いだりして場の盛り上げに一役買っているのは言うまでもない。ほかの日本人は大袈裟な俺たちのパフォーマンスにやや圧倒されながら、こんなに賑やかなら自分たちが盛り上げなくても大丈夫だと思うのか、俺のいかにも子供らしい可愛い発言や高校生らしい外人の反応を楽しんで見てるふしがある。今までとくに考えたことはなかったが、カミュが美形なのは当然として、ほかの4人もレベルは高い。俺は女には興味はないので考えもしなかったが、魔鈴もシャイナも確かに美人だし、アイオリアとデスマスクはタイプは違うがどちらもかなりの美形ではある。もちろん俺のカミュの足元にも及ばないが。

   もしかして、ジャングルや作りものの動物を見ているよりも、カミュをさりげなく見てる人間のほうがずっと多くないか?
   とくに女性は全員カミュを見て照れたような笑いを浮かべてるぜ、おい!

当のカミュは気付かないのか慣れているのか周囲の視線を気にすることもなく、目の前に現れた人工の滝を俺に指差して教えてくれる。
「うわぁっ、滝だよっ!」
「ジョアンくん、このくらいで驚いてちゃだめよ。 次にもっとすごいのがあるんだから」
「え〜っ、これよりすごいのってどんなの? ねぇねぇ、カミュは知ってるの?」
隣りのカミュの手を握りしめて教えてもらおうとせがむと、
「さあ? どんな滝かな? あとのお楽しみだね、ジョアン。」
そう言ったカミュがなんと身体をかがめて俺の額におでこをくっつけてきたのだ。 ああっ、俺って幸せものだっ!
船はアーチ状のトンネルに入ってきた。 
「さあ、ここから先に入ったら無事に出てこられるかわかりませんよ〜、大事な人としっかり手を繋いでいてください!」
なんてTPOをわきまえたアドバイスだろう! 俺は隣りのカミュの手をしっかりと握り締めワクワクして周りを見回した。ここの中はどこかの国の神殿を模してあるらしく薄暗い。 太い蔦が両側の壁に絡まったり、アルカイックな笑みを浮かべた神像が壁のアルコーブの中から俺たちを見下ろしている。 大人にはなんということもないが、小さいジョアンにはちょっと怖いかもしれなかった。
「カミュは怖くないの?」
「私は大丈夫だよ、ジョアンのこともきっと守ってあげる。」
「うんっ!」
頼もしいカミュ! ああ、俺ってほんとに幸せものだ!
そこを抜けるとまた明るくなった。
「ジョアンくん! 大変だっ、あそこの人がワニに食べられそうだよ!」
アイオリアが叫んで左側を指差した。 川岸で太い杭の途中にしがみついてる男の下から大きなワニが口を開けて今にも食いつきそうにしているのだ。恐怖に襲われた男が滑り落ちては慌ててはい上がり、ぎりぎりのところでワニの襲撃を逃れているという場面が展開してる。
高校生の俺なら 「一日中あんなことをやってたら疲れるだろうなぁ」 くらいのことしか言わないだろうがジョアンは違う。
「たいへん! あの人、食べられちゃうよ! ねえ、助けてあげてよ!」
「私に任せてもらおう!」

   ………え?

声の主はアイオリアで、立ち上がるのは禁じられているため座ったままで片手を伸ばし、
「ライトニングボルト!」
とやったではないか。 するとにやりとしたデスマスクがすぐに続いた。
「喰らえっ、積尸気冥界波〜〜!!」
これは乗らない手はないだろう。
「ぼくもっ! 真紅の衝撃を受けてみよ!スカーレットニードル、アンタレス!!」
にこにこしてカミュを振り返り、
「ねぇ、カミュは? カミュはっ?!」
これはどれも俺たちが小学生だった頃に大ブレークしたアニメの技で、自分の星座の決め技は譲れない。 水瓶座のカミュにも決まった技があるはずなのだ。 俺の真摯な懇願に根負けしたカミュがやや頬を染めながら両手を控えめに伸ばし、
「受けよ、凍気の真髄を! オーロラエクスキューション!!」
とやったものだからもう一同大受けである。 ワニも唖然としたことだろう。
そんなこんなで異常な盛り上がりを見せた船はもう一つの滝にやってきた。
「あれっ? あれ〜っ?!」
「すごいでしょ、ジョアンくん! 今度は滝の裏側をくぐるのよ〜!」
いや、シャイナに言われなくてもわかっているが。 最初の滝の前を素通りしただけに、この滝の裏側をくぐるというのは初めての客にはちょっとしたフェイントだろう。俺も最初の時にはちょっと驚いた。
「すごいね〜、きれいだね〜!」
ニコニコしながらカミュにしがみついて感心して見せてジャングルクルーズはめでたく終了した。船長役のスタッフが、「お客様のご協力のおかげで全員無事に戻ってこられました!またのご乗船をお待ちしております!」 というのが妙に力が入ってたと思う。

そのあとは時間調整のためにそのあたりをのんびり歩いて土産物屋に入り、マグカップだのTシャツを物色してからレストラン ブルーバイユーに行った。 中はかなり薄暗くて、いや、ここは神秘的と言っておこう。 なにしろカミュがほんとに美しかったのだ。
「うわ〜、ここ、きれいだね!」
大きな木から、むろんこれも作り物だが、たくさんの提灯がぶら下がっていてちょっと幻想的だ。 どうやら蛍飛び交う夕暮れというのをイメージしているらしい。
「え〜と、ジョアンくんはお子様コースね。」
ちょっと不本意だが仕方あるまい。 いくらなんでもマックのハッピーセットよりはましだろう。カミュたちもそれぞれ好みのものを頼み、空腹を覚えるひとときだ。
「ほら、ジョアンくん、あそこを通っているのがさっきみんなで乗った船だよ。」
アイオリアが指さす方に暗い水路があり、カリブの海賊に向かう客たちがこっちを羨ましそうにみているのがわかる。 といっても俺はお子様ランチなのだが。
「ここ面白いね〜、とっても暗くて夜みたい!」
ほんとにカミュがきれいに見える。 いや、いつどんなときでもカミュはきれいなんだが。そうやって俺がうっとりしていると、
「ところで、お前、なんでスカーレットニードルなんて知ってるんだ?」
「そうそう、あたしもそれを聞きたかったのよね〜。」
デスマスクとシャイナに言われて、はっとした。
日本に初めてやってきたわずか五歳のジョアンがなんで技の名前を知ってて、しかも構えまで完璧に模倣できるんだ??
カミュまでいぶかしそうにこっちを見てる。 危機である。


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