◆ 第二十一章 TDL 5 〜 スペースマウンテン 〜
俺は忙しく頭を働かせた。 合理的な説明ができないからといって誰も俺がミロだとは結論付けないだろうが、説明できるに越したことはない。
「え〜とね、だってね、テレビで見たもん!」
「え?ジョアンくん、見たことあるの?」
「うんっ、かっこいいよね〜、食らえっ、スカーレットニードルアンタレス!」
張り切って椅子から跳び降りた俺は、今度は立ち位置にも気を使ってポーズを決めた。
「きっとギリシャでも放映してるんじゃないの?」
「日本製のアニメは諸外国でも人気が高いということだ。 フランスでもあのアニメのファンが多いと聞いている。」
「だからジョアンくん覚えてるのよ。 子供はそういうのに夢中になるから。」
「スカニーが好きってことは、お前、蠍座か? 誕生日はいつなんだ?」
デスマスクに聞かれてつい11月8日と答えそうになったが、あまりに同じなのも不自然だと思って避けることにした。
「11月11日だよ。」
「ああ、やっぱり蠍座だ!」
幸いなことに自分たちで理想的な結論を出してくれたのにはほっとする。 そのうちに料理が運ばれてきて日本製アニメの海外進出の話はそこで終わりになった。
それにしても危ないところだった、次からはもっと気をつけよう。
「これからどうする?」
「スペースだな! あそこはこないだリニューアルしてる。 ぜひ乗るべきだ!」
「それ、どんなの? なあに?」
スペースマウンテンには乗りたい! お子様向きのダンボやピノキオは割愛していいから遊園地の花形といえるジェットコースターに乗らずしてなんとする? おっと、ディズニーは遊園地ではないが。
「ジョアンくん、スペースマウンテンもジェットコースターだけど、ご飯を食べる前に乗ったビッグサンダーマウンテンよりもずっと怖いのよ〜、大丈夫かなぁ?」
「ぼく、だいじょうぶ! 乗りたいっ!!」
ビッグサンダーに乗れたのだからスペースもいけるに決まってる。 高校生として乗るのはいつでもできるが、こんなに小さい体格でスペースを経験できる機会は今しかないのだ。 むろん、俺はそのうちに元に戻れると楽観してる、そう思わなくてはとても平静ではいられない。
「ほんとに大丈夫か? おい、ジョアン、ビッグサンダーに乗ってどうだった?」
「最高に面白かった!また乗りたいっ!」
ニコニコしてそう言うと、みんなの意見もまとまったようだ。
「管理者側の基準もクリアーしていることだし、では乗ることにしようか。 女の子ではないのだから断るのもかわいそうだろう。」
カミュが俺の頭をなでてくれた。
ゆっくり食事をしていたのでスペースに並んだのは2時過ぎだ。 一時間待ちだというがこれは仕方がないだろう。
このアトラクションは宇宙空間をロケットに乗って疾走するという設定で、何しろ中が暗くて迫力がある。
ビッグサンダーなんかはレールが見えるので自分がこれからどの方向に行くかわかって心の準備ができるが、スペースはそれがわからなくていきなりカーブしたりするから面白いのだ。 そのスペースがリニューアルしてから乗るのは初めてなので期待が持てる。
待っている間の館内の様子も宇宙基地なんかをイメージしてあって全体的に青い光があふれてる。なかなかきれいでそのあたりも以前とは違う。
「わぁっ、あれって宇宙船でしょ!」
リニューアルしたスターシップが上のほうに飾られていて、スタートレックやJANEを連想させる。
「すごいな〜、ぼくも宇宙に行きたいな!」
「ジョアンも大きくなったら宇宙に行けるといいね。 しっかり勉強して頑張れば叶うよ。
私たちにとって夢とはけっして不可能なものではない。 どんな夢でも信じて貫けば現実のものとなるんだよ。」
「うんっ、頑張る!」
う〜ん、カミュに言われるとついふらふらっとその気になるが、俺よりも科学的知識や探究心が旺盛で、ロシア語まで堪能なカミュの方が米ロの宇宙開発協力事業にも易々と参加できてずっと適性があると思う。
列が進んで乗り場が近くなってきた。
「ぼく、今度は先頭に乗りたい!」
次々と発着する車体は12人乗りだから、先頭になる確率は六分の一だ。 少しは期待させてもらいたい。
「よせよせ、こいつは周りが見えないからきっと怖いぞ。」
「そうよ〜、ジョアンくん、さっきのビッグサンダーとはわけが違うんだから。」
「でも乗るもんっ、カミュと一緒なら怖くないもん!」
「俺は手放しでも乗れるが、お前は怖くて泣くんじゃないのか?」
「私は8歳のときに兄と一緒に乗ったが、かなり恐くて兄に慰められた覚えがあるよ。」
いろいろな忠告が飛び交う中で俺が頑張り、
「先頭になる確率は六分の一だ。」
とカミュが言ったとき、さらに列が動いて乗車位置が確定した。 やった、先頭だ!
「やったぁ〜!」
「あら〜、ほんとにジョアンくんが先頭よ、 大丈夫かしら?」
「平気だもん!」
「次の順番ですが、先頭でも大丈夫ですか?」
制服を着たスタッフが声をかけてきた。 すかさず 「ラジャー!」 と敬礼するとどうやらみんなもあきらめたらしい。
「では、しっかりつかまっているようにね。私も手を離さないから。」
とカミュが頷き、俺の先頭が認定された。 客を乗せた車体が滑り出してゆき、俺たちの乗る順番がやってきた。
乗り終わってざわめいている客が向こう側に降りて、カミュに続いて乗り込んだ。 安全バーが降りているのをスタッフが確認し、いよいよ宇宙の旅に出発だ。
「どきどきするね!」
「暗いけど大丈夫だからね。」
真っ暗な通路を上ってゆくと行く手に大きな青白い光の玉が見えてきた。 この巨大なエネルギー球が爆発するとロケットは無限の宇宙空間に飛び出すという設定だ。
「ジョアン、しっかりつかまっていろよ!」
「うん、頑張る!」
後ろから聞こえてきたデスマスクの声に返事をしたとたん、俺たちは宇宙空間へ飛び出した。
なにも見えない空間をぐんぐん加速して最初のカーブをぐいっと右に曲がったとき大きな違和感があった。
……えっ?!
スペースって、こんな感じだったか?
恐ろしいほどに遠心力が働き、振り飛ばされそうになる。 どきっとしてバーにつかまり直そうとしたら思いのほかバーが太くてうまくつかめない!
緊張が走る! 心の準備ができないうちに次のカーブに突入しあとはもうやたらめったら振り回された。
リニューアルのおかげで以前は少しは見えていた前方のレールがまったく見えず、先がどうなっているのか全然わからない。 隣りのカミュも見えなくて、これでは自分ひとりで乗っているも同然だ。 その自分の手さえろくに見えない!
恐怖である。 それしか心に浮かばない。 半年くらい前に乗ったときには暗闇を突っ走るのが面白くて手放しで乗ったときもあったのに、この感覚は恐怖以外の何者でもない! バーもしっかりつかめないが、足も少ししか届かない。 しっかり踏ん張りたくとも身体が小さすぎてどうしようもないのだ。 身長185センチで乗るのとはまったく違う恐怖の中に俺は叩き込まれていた。
冗談じゃないっ! 最後まで乗っていられるのか?!
短い間隔で上昇と下降を繰り返しながら際限なくカーブするコースターは俺の恐怖など歯牙にもかけずに無情に疾走を続け、俺は今にも身体ごと持っていかれて壁に叩きつけられるのではないかという恐怖を骨の髄まで味わった。
後ろからは魔鈴やシャイナたちの悲鳴が通り過ぎる風の音とコースターの轟音とともに聞こえてくるが、俺は喉が硬直して悲鳴すら出なかった。 いや、なにか叫んだのかもしれないがそれすら記憶にないほどパニくった。
恐いっ、とにかく恐い!一秒でも早く降りたいのにコースターはまるで無限と言っていいほどに走り続ける。
周りの壁には星が輝いているはずだが、そんな景色も俺の目には余計なお世話としか映らない。
ここで手を離したら死ぬ! マジでそう思った。 カミュのそばで、いや、カミュから引き離されてここの壁に叩きつけられて死ぬなんて真っ平ごめんだ!
まだ死にたくないっ、カミュをそんな遺体とご対面させられるかっ! 本気でそう思って、アテナに祈り、八百万の日本の神々に心から祈った!
どうかお願いです、この暴挙をいますぐやめさせてください! 俺を助けてくださいっ!
ビッグサンダーの恐怖が1ならスペースの恐怖は1000に値する。 なまじ大人の身体で体験していた俺はその経験と比較してしまい、いまだかつて誰も体験したことのないギャップに翻弄された。
子供の身体は軽すぎる!
死にたくないっ!
ここで頑張らなければマジで死ぬかもしれん!
その一念で耐え続けた悪夢が終わるときが来た。 最後のダメ押しの急カーブでさらに神経を粉々にすりつぶされた俺はようやく文明の光さすスペースポートに帰着した。 きゅっと止まると安全バーが一斉に上がり客がどよめきながら右側に降りてゆく。 降りてゆくのだが俺はとても動けなかった。 気持ちが悪くて立てる気がしない。 血の気が引くというのはこういうことを言うのだろうと思う。
「ジョアン? ジョアン!」
「あらっ、ジョアンくん!」
立てなくてただ一人残った俺をさっと手を伸ばして抱き上げてくれたのはやっぱりカミュだった。
「カミュ! やっぱり来てくれたんだね!」 の気分である。 いや、このときはそれどころではなかったが。
「おい、大丈夫か?」
「ちょっと気分を悪くしたらしい。 ともかく外へ出よう。」
心配して声をかけてきたスタッフには、大丈夫ですから、と言って俺たちはどんどん通路を歩いて外に向かった。
カミュにしっかりと抱かれている俺の心臓がまだバクバクしてる。 きっとカミュにもダイレクトに伝わってる。
「もう乗りたくない………もうやだ……」
本心からつぶやく俺の背中をカミュがやさしくなでてくれた。
「ジョアン、大丈夫か?」
「恐すぎたのかしら? まだ小さいから。」
「あたしだってビッグサンダーより恐いもの!」
「悪かったな、やっぱり替わってやればよかったな!」
「いや、あれは前が全然見えないから、先頭だろうと真ん中だろうとそれほど違いはない。 そもそも乗るべきじゃなかったんじゃないか?」
ベンチに座ったカミュの膝に乗ったまま抱かれている俺をみんなが口々に心配して声をかけてくれる。 もう大丈夫なのだとわかっていても、恐怖の記憶は俺の心臓やら神経やらをまだ揺さぶっていた。
カミュが背中をやさしくさすっていてくれるのがありがたい。 情けないが、このときの俺はカミュに抱かれていることを喜ぶよりも、恐怖におののいている小さい子供を慰めてくれる大人のやさしさがどんなに嬉しかったか知れない。 背中をたたいたりさすったりすることがこんなに人を安心させるものだと初めて知った。
「恐かったの? ジョアン……」
「うん………落ちるかと思った………死んじゃうと思った。」
これはほんとうだ。 いまだかつて人身事故を起こしたことのないスペースで不名誉な記録を作ってしまうのではないかと恐れたほど俺は徹底的に振り回されて究極の恐怖を味わった。
完璧な設計で万全の整備がなされているとわかってはいても、子供の身体の俺は恐かったのだ。
さっきから涙が出てきて止まらない。 恐怖と安堵と、それからカミュに抱かれて慰められてみんなから注目されているみっともなさに感情が高ぶっているらしい。 子供が泣くってこういうことなのだろう。
極度の興奮のあまり、感情が抑えきれないのだ。
もういい、恥も外聞もない! 泣いてしまえ! どうせ子供なんだから!
神経が高ぶっていて とても普通にはできないのがよくわかる。 まだ未発達の子供の身体は意外と面倒だ。 次に乗るアトラクションの希望を聞かれたらイッツ・ア・スモール・ワールドを第一候補にしよう。
元の身体に戻ったときにもう一度スペースに乗れるかどうかとても自信がない。PTSDになってないことを心から祈る。
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