◆ 第二十二章  TDL 6  〜 アリスのティーパーティー 〜

俺が抱かれながら胸の動悸を鎮めている間に今後の予定をどうするかについてカミュたちが話し合った結果、アリスのティーパーティーが浮上した。

   俺は誰がなんと言っても乗らないからな!
   確実に心神喪失だっ!

しかしそれは杞憂だった。
「カミュはああいうのは好みじゃないからな。 ジョアンと一緒に休んでろよ。」
「心得た。」
なるほどね、いい考えだ。 俺としてもなにもすぐにイッツ・ア・スモール・ワールドに行きたいというわけではない。 少し休んでカミュに抱かれているほうが望ましい。

アリスのティーパーティーというのはいわゆるティーカップのことだ。 回転する円盤上のティーカップがそれぞれくるくる回りながら不規則な動きをする遊具で、遊園地の定番と言えるだろう。 カップの中心にあるハンドルをぐるぐる回すとさらに回転が速くなるという、今の俺にとっては最悪の機能を備えてる。
「ジョアン、私と一緒に待っていようか。」
「うん、そうする…」
いつもの俺ならハンドルを回しまくって一分間45回転の限界に挑戦するところだが、今日ばかりは願い下げだ。
「それじゃあ、ちょっと乗ってくるわね。」
「悪いな!」
いや、ちっとも悪くない、ゆっくりやってくれ。 というより、ハチャメチャに回すんだろうが。
「ごめんね、ジョアン、怖い乗り物に乗せてしまって。 気分はどう?」
背中をさすりながらカミュが慰めてくれる。 ほんとにカミュはやさしいっ。 内面も外面も天女そのものだ。
「ん……ずいぶんよくなった。」
「もう怖いのには乗らないからね、安心していいよ。」
「カミュはあのぐるぐる回るのには乗らなくてよかったの?」
ちょっと振り返ってティーカップを見た。 デスとアイオリアがとんでもない早さでハンドルを回し、シャイナと魔鈴がキャアキャア喜んでいるところだ。

   俺が乗ってたら確実に吐いてるな……

見ているだけで気分が悪くなりそうだ。 それに比べてカミュの膝の上はなんて平和に満ちているのだろう。 まるであのホビット庄のようだ。
「大丈夫だよ、もともとティーカップはあまり好きじゃないし。 それよりジョアンと一緒にいるほうが好きだから。 早く元気になるといいね。」
そう言ったカミュは俺を抱き直して頬にキスをしてくれた。
………幸せである。 スペースの恐怖を頭から振り払った俺はお返しに熱いキスをした。 むろんカミュの頬っぺたに。
それにしてもたびたびこんなことをやってたら、いざ元に戻ってもなにかにつけてカミュをハグしたくなるのが目に見えている。

   自分を抑え切れるのか?
   元に戻ったら機会をつかまえて思い切って告白するか?
   しかし、カミュにまったくそのつもりがないんじゃ、どうにもやりにくい
   それとなく俺のことを意識してもらうにはどうすればいい?
   それとも酒を飲ませて酔ったところで押し倒して一気にっ……あ、日本じゃ、高校生は飲めないんだった……

子供にあるまじき不穏なことを考えていると、ティーカップが止まってデスたちが戻ってきた。
「よう、待たせたな!」
「ジョアンくん、もう元気になった?」
「うんっ!大丈夫だよ。」
カミュの膝からそう言うと、
「それじゃ、あそこでチュロス買ってきてあげるわね! もっと元気が出るわよ!」
魔鈴とシャイナが行ってしまい、男だけが残った。
「あれだけ抱かれてりゃ、機嫌もよくなるだろうよ。 あっちから見ていたらお前らの周りでハートマークが乱舞してたぜ。」
にやにやしているデスマスクにからかわれてぎょっとする。 そこまでべたべたしていたはずはないが、思わず甘々な画像が目に浮かび、恥ずかしいったらないのだ。
「親子というには年が近すぎるからほんとの兄弟に見えるぜ。」
「いや、ハートマークということは恋人だろう。」
アイオリアまでやめてくれ!
「おいおい、そんなこと言ったらミロが妬くぜ! あいつはカミュひと筋だからな。」

   えっ! おい、デス! 今の発言はなんだ?!

俺を抱えていたカミュが驚いて顔を上げた。 俺も全身を耳にする。
「ミロは、女には興味がない、俺は勉強ひと筋だって言ってるが、俺の見るところ女よりカミュの方が相性がよさそうだぜ。 カミュだってうるさい女よりはミロのほうがいいだろう?」
おいっ、なにを言っている? よせっ、余計なことを言ってくれるな! 冷や汗が出る! そんなことを言ったらカミュが妙に気にして俺を避けるかもしれないだろうが! そうなったら、デス、貴様、責任を取ってくれるのかっ?
「私はなにもそんなことは……」
真っ赤になったカミュが口ごもる。
「男同士でも好き合っていればかまわないって言ったのはお前だぜ。 俺は女の方がいいが、それはそれで一つの考え方だ。 俺は気にしないし、正直言って、お前には女は似合わないと思う。 男同士で動いている方が向いてるよ。」
「うんうん、わかるな。 ジョアンはお子様すぎるが、ミロならいいんじゃないか? ジョアンとはミロの親戚だから気が合うんだよ、きっと。なあ、 女とミロとどっちがいい?」
アイオリアっ、気楽にそんな究極の選択を迫るのはやめてくれっ! かえってカミュの関心が女に向いたりしたらどうしてくれるんだっ!ああっ、また心臓がバクバク言い出したっ!
突然の話題に硬直していたカミュがやっと何か言おうとしたとたん、チュロスを持った魔鈴とシャイナが帰ってきた。
「はい、お待たせ!シナモンとメープルがあるけど、どれにする? ジョアンくん、選んで!」
「ええと………ぼく、シナモン!」
「はい! おいしいわよ〜、みんなも選んで!お茶もあるから私たちもここでティーパーティーしましょ!」
勝手に人のプライバシーをあげつらっておきながら、デスとアイオリアは平気な顔してチュロスをぱくついてやがる!

   今夜、携帯からメールして、カミュからの返事がビジネスライクだったらどうすりゃいいんだっ!
   めでたく元に戻っても、カミュが俺に対してクールきわまりない態度をとり始めたら?
   みんな、お前らのせいだからなっ!

憤懣やるかたない俺はシナモンチュロスを口に押し込んでぐいっとお茶を飲み、そのあと派手に咳き込んで、頬を赤らめながらも優雅にチュロスを食べていたカミュにやさしく背中をさすられたのだった。 あんなこと言われてからかわれても、やっぱりカミュはやさしい。 願わくば、俺が戻ってきたときにもやさしくしてくれたら涙が出るほど嬉しいんだが。
「次、どこ行くの?」
「イッツ・ア・スモール・ワールドはどうかしらね、あそこは子供向けだし、ゆっくり進む乗り物だからジョアンくんも安心よ。」
「う〜ん、実は俺としてはスプラッシュに乗りたいんだが、ここで別行動ってのはどうだ?」
デスマスクの発言にみんながカミュを見た。 五歳の俺がスプラッシュのなんたるかを知っているはずはないし、そもそもジェットコースターで気分が悪くなったのだから、意見を聞くとすればカミュなのだ。
「私はそれでよい。 スプラッシュの方が待ち時間が長いだろうから、こちらは二つくらい乗れるかも。 あとは携帯で連絡しよう。」
「では、そういうことで!」
「じゃあ、ジョアンくん、しばらくお別れね、またあとで会いましょうね!」
こうして俺たちは二手に別れることになった。

                                                            ⇒ 小説目次へ戻る