◆ 第二十四章  TDL 8  〜 ホーンテッド・マンション 〜

イッツ・ア・スモール・ワールドを出たところでカミュが携帯を取り出した。 デスかアイオリアに電話をするのだろう。
「こちらはイッツ・ア・スモール・ワールドを見終わったところだけれど、そちらは?………………わかった、そうしよう。」
スプラッシュはいつも並んでるからまだまだだろうと思っていると案の定だ。
「まだ並んでいるところで、乗るまでにはだいぶかかるそうだ。 今度はどこへ行こうかな。」
入園したときにもらったパンフを広げたカミュが思案し始めた。 日本語が読めるはずがないジョアンが横から覗き込んで一緒に検討するわけにもいかないのが残念だ。 俺としてはカミュが白雪姫やピノキオを思いつく前に、もっと鑑賞に堪えるアトラクションを示唆したいところなのだが、いかんせん、日本に来たばかりのジョアンが名前を言えるはずもない。

   ん? たしか、ここの隣りはホーンテッド・マンションじゃなかったか?
   あれなら男の子向きだし、ジェットコースターの恐さとはまるっきり質が違う
   カミュと二人で乗るにはぴったりだろう!

「ねえ、デスマスクのお兄ちゃんたちが乗りに行ったコースターってどこにあるの?」
カミュの袖を引っ張ると、
「スプラッシュマウンテンというジェットコースターで、ほら、」
カミュが目の前にあるアリスのティーパーティーの方に少し移動した。
「ここから見えるよ、あの高い山みたいなところがスプラッシュだ。」
コースターの轟音と歓声が聞こえて、最後の急降下の部分がちょっぴり見えた。
「わぁっ、すごいね! ……あれ?あの建物はなあに?」
俺はその手前の洋館を指差した。 イッツ・ア・スモール・ワールドとスプラッシュマウンテンとの間にホーンテッド・マンションがあるくらいの知識は持っている。 カミュが電話をかけた位置からはホーンテッドが見えなかったので、位置を変える必要があったというわけだ。 コナンくらいの知恵を使わないと、理想の道はひらけない。
「ああ、あれがあった! でも、あそこはジェットコースターとは違うけどちょっと恐いかもしれないよ。 ジョアンは大丈夫かな?」
「なあに? ……どんなふうに恐いの?」
「それがね、あそこはお化けが出る建物で。」
「それなら平気! 男の子だからね、お化けなんかやっつけてやる!」
実際、ホーンテッドは恐くない。 小さすぎる子供はだめかもしれないが、けっこう面白くて楽しいというのが俺の印象だ。 ジョアンの年なら泣かないのが普通だろう。 日本のお化け屋敷が陰ならホーンテッドは明らかに陽だ。
「それならあそこにしよう。 ホーンテッド・マンションという名前だ。」
「うんっ!」
イッツ・ア・スモール・ワールドではちょっと感傷的になったが、今度は元気なジョアンになれそうだ。

待ち時間は45分でホーンテッドならこんなものだろう。 不気味なムードを漂わせている古い屋敷の前庭は墓地のしつらえになっていてそれらしい名前を刻んだ墓標が草叢の中に見え隠れする。
「ねぇ、あれってほんとのお墓?」
「違うよ、あれは作り物で、並んでいる人を恐がらせるためにわざと置いてあるんだから安心して。」
「そうだよね、本物じゃないよね。」
しかし、もし万が一、墓標の名前の中に自分と同じ名前があったらさすがにいい気持ちはしないだろう。 デスなんかは笑い飛ばすだろうが、真面目なアイオリアは露骨にいやな顔をしそうだし、カミュの名前なんかがあった日には怒り心頭に発した俺がすぐさまぶち壊す自信があるぜ。 カミュ本人は、「虚構だから。」 とか言って冷静なんだろうな、やっぱり。
行列が進む周囲もなかなかうまく作ってあって、なんとなく不安な雰囲気を醸し出す。
「あのね、ジョアン、この建物の中には999人の幽霊が住んでいて、1000人目の仲間を引き込もうと狙っているのだそうだ。 私たちの中から誰か選ばれて連れて行かれるかもしれないんだって。」
「え〜、カミュが選ばれちゃったら、ぼく、やだっ!」

   幽霊ということは冥界だろう?
   俺のカミュを拉致しようなんて許せんな、まったく!

「大丈夫だよ、ジョアンと一緒にいるから。 いつも手をつないでいれば安心だよ。」
「そうだよね、そうだよね!」
ほんとにカミュの手は暖かくて柔らかくて。 頬を擦り付けたい衝動を俺はぐっと我慢した。

行列が進んで俺たちを含む集団が建物の中に入るときがきた。 ちょっと暗めの天井が高い部屋に入って扉が閉ざされる。 そうそう、思い出した。 そういえばこの部屋は………。
「うわっ! どうしてっ?!」
暗い部屋の上のほうにかかっている男の肖像画がジョアンを驚かせた、ということにしておこう。 俺はカミュの手をぎゅっと握り、カミュはそれを予期していたのか、俺の身体を引き寄せてくれた。 ああっ、俺って幸せものだ!
そこのちょっとした恐怖のイベントが終わり、次の部屋へ入ってゆく。 この部屋は八角形でやはり上のほうに四枚の絵がかかってる。 ナレーションの説明があり、じっと絵を見ていると………、
「カミュ! ぼく、下にさがってるよ! どうして絵があんなふうになるのっ!」
今度はしっかりとしがみついた。 このアトラクションではこうするべきだ、いや、まったくホーンテッドはすごいじゃないか。 俺は笑いを抑えることができなくて、この暗さに感謝した。 雷鳴がとどろき悲鳴が上がる。 さらにぎゅっとカミュにしがみつき、カミュも両手で俺を抱えてくれる。 ビバ、ホーンテッド!
その部屋を出るといよいよ乗り物に乗る。丸っこい座席の形をしていて湾曲した背もたれに包まれるような三人乗りのタイプでカミュと二人っきりの空間をもてるのがいい雰囲気だ。
ドキドキしながら乗り込んだ。 もちろん俺のドキドキは999人の幽霊が恐いからではないのは説明するまでもない。
目を凝らさないとよく見えないほどの暗さ、不気味すぎるBGM,荒れ果てた屋敷の内部のどこに幽霊が潜んでいるかわからない。 大人の俺なら、つまり高校生の俺は小さいジョアンから見ると完璧に大人なのでそう言うのだが、「なかなかよくできてるな。 別に恐くはないが、いかにもディズニーらしいと思うぜ。」 みたいな感想を持つのだが、そこは五歳のジョアンだからもっと素直で純真だ。
「ぼくはね、恐くなんかないからね、カミュと一緒だし。 もし幽霊がカミュをさらおうとしてもやっつけてあげるからね!」
カミュに身体を寄せて、膝をくっつけて、もちろん手を握って、肩まで抱いてもらってる。
「私もジョアンがさらわれそうになったら絶対に守るから安心していいんだよ。」
「うんっ!」
ああ、俺たちってアテナと地上を守る聖闘士みたいにかっこいい! と、ジョアンなら思うに違いない。 しかし、次々と見えてくる幽霊たちはまるで西洋版の天空覇邪魑魅魍魎なのだ。 実際問題として、こんなやつらにカミュが取り囲まれてあちこちさわられたとしたら、まさに頭に血が昇る! カミュには指一本さわらせるものか。
「あっ、あの絵の幽霊がずっとこっちの方を見てる!」
「どうして、どうしてっ? あのガラス玉の中の女の人しゃべってるよっ!首しかないよっ!」
俺はカミュにしがみつきながらホーンテッド・マンションを心ゆくまで楽しんだ。 幽霊の舞踏会も乱痴気騒ぎも恐くない、むしろ俺とカミュをいっそう結び付けてくれる恩恵だ。
座席が急に左を向いた。暗い通路の壁に大きな鏡があって、俺たちが映ってる。 そして俺とカミュの間に見えるものは……!
「………カミュっ、だめだよ、さらわれちゃうよっ、1000人目の幽霊になっちゃいやだよっ!」
「だいじょうぶだよ、ジョアン! あれは本物じゃなくて!」
「だって、あれ、透き通ってるよ! カミュに重なってるよ、だめだよ、危ないよ〜っ!」
「ジョアン、ジョアン、もっとこっちにおいで。」
俺を安心させようと身体をかがめたカミュに不気味な笑みを浮かべた幽霊が取り付いたように見えて、つい憑依とか考える俺って大丈夫か?
ハーデスの奴が地上におけるもっとも清らかな魂を持った人間の肉体に入り込んだ件を思い出し、カミュの身を案じてしまうのって問題あり?

凄まじい悲鳴が交錯するBGMに便乗してしっかとカミュにしがみついたまま俺のホーンテッドは終わりを告げた。
やっぱりこれって面白い! 元の身体に戻ってから、もう一度カミュと乗るって無理かなぁ?


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