◆ 第二十五章  TDL 9  〜 シンデレラのゴールデンカルーセル 〜

ホーンテッドを出たところでカミュがデスに電話をかけて様子を訊いた。
「これから乗るそうだ。 見に行こうか。」
「え? なにを見るの? 乗ってるのが見えるの?」
むろんよく知っている。 スプラッシュマウンテンの最後の急降下は、見物人の見ている前を悲鳴を上げて落ちていくのが売りなのだ。 視線を感じながら水しぶきをあげて相当な角度で落ちていくのは恐怖の一歩手前の快感で、そのあとの平穏な水路に来るとみんないちように笑いがこみあげてきて止まらないのも面白い。 過度の緊張から解放された反動で笑うという衝動がくるのだ、とカミュが言っていたのを思い出す。 むろんそのときのカミュも声を上げて笑っていたのが珍しかった。
「みんなが乗っているのを見に行こうね。」
「うんっ!」
カミュと急ぎ足でスプラッシュに向かい、急降下の見えるいい位置に陣取った。 目の前を次々とコースターが悲鳴をまき散らしながら通り過ぎ、まったくの他人が乗っていても面白い。
「わあっ、すごいね〜!デスマスクのお兄ちゃんたち、まだかなぁ?」
「まだ通り過ぎてないと思うよ。 ジョアンに気がついてくれるといいね!」
「うんっ!」
そうして10台くらい見ていると、やっとデスマスクたちが現れた。
「あっ!来たよ!」
ゆるゆると現れたコースターががくんと下向きになり落ちてゆく寸前に俺達に気付いた四人は、デスとアイオリアが両手を挙げてピースサイン、シャイナと魔鈴はしっかりバーにしがみついて、あっという間に水しぶきの中をすごいスピードで落ちて行った。
「うわあっ、いま通ったよ!すごいねっ!」
「そうだね、みんないたね!」
満足して出口に向かっていく間にも後ろから歓声が追い掛けてくる。

   う〜ん、乗りたい!!
   元に戻ったら、最初の休みに乗りに来たい!
   俺が乗れなかったという理由で、なんとかしてカミュを引っ張ってこよう!
   しかし、もし戻れなかったら……?

不安が胸をよぎったが、ぶんぶんと頭を振って否定した。 ここで考えてもどうなるものでもないのだ。 考えて元に戻れるくらいなら苦労はしない。 ストレスを溜め込む分だけ損である。
出口で待っていると、すぐにデスたちが出てきた。
「ジョアンくん、あたしたちのことわかった?」
「うん、! 見たよ、すごかったね!」
カミュと手をつないだままぴょんぴょんと飛び跳ねてみた。 そこらにいる子供もまるでくまのプーさんに出てくるなんとかいう虎みたいに飛び跳ねてるからかまうまい。
「もう少し大きくなったら、また日本に来るんだぞ! この次は絶対乗れるからな!」
「もっとほかのところにも案内してあげようね!」
デスとアイオリアが俺の頭をダイナミックにくしゃくしゃにする。
「なんだかあたし、ジョアンくんのこと、弟にしたくなっちゃったなあ〜、可愛いんだもの! ほら、髪を直してあげる。」
魔鈴が乱れた俺の髪を撫で付けた。
「あら、あたしもよ! ねぇ、抱っこさせて〜、できるかな?」
あっという間にシャイナに抱き上げられて驚いた。
「ふぅ〜ん、五才くらいだと抱けるのね。 ジョアンくん、可愛い〜!」

   おい、ちょっと待て! 頬ずりはよせ!

 「あたしにも抱かせて!」

   うわっ、今度は魔鈴か?!

真っ赤になって抱かれている俺をカミュはにこにこして眺めるばかりだ。
これは俺としては実に困ることで、なぜかというと女の胸に身体が密着してそのふっくらとした感触が…!

   ひゃぁ〜〜〜っ、ミロだってばれたら殺されるかも!
   イーグル トゥ フラッシュを喰らうんじゃないか?
   いくらわざとじゃないといっても弁解はきかないだろう

いかに温厚な常識人のアイオリアだって、けっしていい顔はしないに決まってる!
抱かれていることに動悸を高めながらばれたときの報復のあれこれに思いを馳せていると、後ろからひょいっと持ち上げられた。
「わっ!」
「一回やってみたかったんだ!」
なんとアイオリアに肩車された。 小さいときにはたぶんやってもらったのだろうと思う、そうに違いない。 だが、この年で肩車なんて誰が想像するだろう。
「私が子供の頃は兄によく肩車をしてもらったよ。 すごく嬉しくてね。 自分に弟がいないのが残念だった。 そうか、こんな気持ちなのか!」
不思議な気分だ。 両膝をしっかり抱えられている俺は自然と背を少し丸めてアイオリアの頭にしがみつくようになり、なんとかバランスを保ってる。 目線が高く、少しゆらゆらしているのも面白い。 それにしてもアイオリアの頭にしがみつく日がくるとは思わなかった。
「わ〜っ! ジョアンくん、背が高い」
「おい、ジョアン、高い高いと肩車とどっちがいい?」
デスマスクに聞かれて考えた。 本音を言えばカミュに抱かれるのが一番だが、女に抱かれるのは論外としても、今から考えればデスマスクにやってもらった高い高いも悪くない。
「どっちも好き! スペースみたいに恐くなかったもん! 最高にいい気分だよ!」
にこにこしながらそう言った。 お世辞でもなんでもなくて、俺は今日一日でこの四人をずっと好きになっていた。
「もう夕方になる。 ジョアンも疲れてしまうし、次のアトラクションでおしまいにしたほうがいいだろう。 どれがいいかな?」
手を伸ばして俺のマフラーをきちんと巻き直してくれたカミュがみんなにたずねた。
「今度はみんなで乗れるものがいいわね!」
「ジョアンくんに決めさせてあげれば? ねえ、今まで見てきたなかで、なにか乗りたいものはあった?」
魔鈴に言われて思い付いたものがある。 たとえ元に戻ってカミュともう一度ディズニーに来ようとも、まず間違いなく乗れないだろうアトラクション。 きらびやかな子供の夢をまわりじゅうにふりまきながら回り続ける魔法の木馬、あれがいい!
「決めたよ!指差すほうに進んで!」
「了解!」
目指す場所はそんなに遠くない。 俺が肩の上からあっちこっちと指をさし、着いたところは、そう、これだ!
「これがいい! シンデレラのゴールデンカルーセル!」
夕暮れの薄闇にまぶしく輝いているのはメリーゴーラウンド、回転木馬だ。 大人や子供を乗せた真っ白な馬たちが音楽にあわせてぐるぐる回る。 危険がなくて賑やかでみんなで乗れていいじゃないか。
「あら? これの名前って、そういえば前はたしかにシンデレラのゴールデンカルーセルだったはずよね? どうして今はキャッスルカルーセルになってるの? いつの間に変ったのかしら?」
「それより俺は、日本に来たばっかりのジョアンがなぜ古い名前の方を知ってるのか不思議だが?」
ドキッとした。 これって、シンデレラのゴールデンカルーセルじゃないのか? ついうっかり名前を言ってしまったが、それが変ってるってどういうことだ?
「誰かに聞いていたのかな?ジョアン。」
アイオリアに肩車されている俺にカミュがやさしく聞いてくる。
「あのね、ぼくね……」
この間に妥当そうな言い訳を考えた。
「ママに聞いてこれだけ覚えてるの。 ママもディズニーランドが大好きなんだよ!」
ママ、というのはかなり勇気が要った。 この年でママって…………五歳児の場合、ママとお母さんとどっちの方が多数派だ?
「ああ、なるほど。 日本に住んでいる私たちでも名前の変更を知らなかったくらいだから、ジョアンのママが以前の名前で覚えていても不思議はないね。」
「シンデレラのゴールデンカルーセルの方が素敵だと思うわ。 シンデレラと黄金よ! どう考えてもいいわよね〜。」
男の俺でもそう思う。 とくに、十二時で魔法が解けてもとの姿に戻ってしまうシンデレラは俺の立場に似てないか?
「カルーセルってメリーゴーラウンドのことでしょ? どうしてカルーセルなの?」
「カルーセルとはオランダ語で回転木馬のことだ。 メリーゴーラウンドは英語だよ。」
さすがにカミュはよく知っている。俺なんか気にもしなかったが。
「そうね、シンデレラのゴールデンメリーゴーラウンドじゃ、ちょっと長すぎるものね。」
「きっとシンデレラの乗る馬車のイメージなのよ、白馬が引いてるに決まってるじゃない!」
「王子様も白馬に乗ってるのが理想的なんだろ。」
「そうよ〜、王子様は白馬に乗ってお姫様を迎えに来るって決まってるの♪」
「それってメルヘンすぎ!」
「いいのよ〜、女はメルヘンで!」
俺はメルヘン趣味じゃないが、白馬に乗ったカミュと乗馬を楽しめたら最高だとは思う。 これって、やっぱりメルヘンか?
そんなことを話しているうちに目の前の木馬の速度がゆっくりになり、やがて止まって客たちが降りはじめた。 今度は俺たちの乗る番だ。
「ぼく、カミュと乗る!」
「おいで、ジョアン!」
にっこり笑って手を差し伸べてくれるカミュはなんてきれいなんだろう! 俺を降ろしたアイオリアは魔鈴と一緒に乗る馬を探しに先のほうに歩いていった。 デスもシャイナと隣り同士の白馬を選んでる。
「どの馬にする?」
「ええとね………これがいい!」
90頭の白馬のうち、いちばん外側の列の馬は親子で乗れる作りになっている。 そのうちの水色の飾りに金色の馬具が美しい一頭を俺は指差した。 ジョアンとしてカミュと一緒に乗るアトラクションはこれが最後だ。 いちばんきれいで美しい馬を選びたかった。 白と水色と金はカミュのイメージにぴったりだ。
先に乗ったカミュが上から俺を引きあげてくれた。 カミュの前に座っているといい気分だ。
「わぁ〜、きれいだね、すごいね! まるで昔話のお姫様が騎士と一緒に乗ってるみたいだ!」
「ほんとだね、さあ、しっかりつかまって。 回りだしたら上下にも動くよ。」
カミュの言葉が終わらないうちに回転木馬が動き出した。 華やかなディズニーの曲が流れて周りの景色が走馬灯のように回りだす。 近くを歩いている人がみんな笑ってこっちを見てる。 きらきらと輝くイルミネーションは夢と魔法のエッセンスをあたり一面にまきちらす。
「わぁ〜、いい気持ち! カミュもいい気持ち?」
「ああ、久しぶりに乗ったけど楽しいね! ほら、待っている人がこっちを見て手を振ってるよ!」
夕闇が濃くなって回転木馬もイルミネーションがきれいだが、周りの明かりもきらきらして見える。 このアトラクションは暗くなってから乗るほうがいいかもしれない。 ぐるぐる回る回転木馬は思ったよりもスピードが速く、上下に動く白馬は夕暮れの景色の中を飛ぶように走る。 もうずっと長い間 乗っていなかったが、案外これは楽しいものだと知った。
「ジョアン、ねえ、ジョアン。」
「なあに?」
カミュに言われて振り向いた。
「また日本においで。 そのときにはもう一度ここに来ようね、スペースもスプラッシュも回転木馬も一緒に乗ろう。」
「ん……」
ちょっとしんみりとした。 好きで子供になったわけではないが、俺はカミュをだましてる。 ジョアンは架空の存在で、でもカミュはそのジョアンをこんなに大事に思ってくれて。
俺はカミュに会えるけど、カミュは二度とジョアンに会えないのだ。

   ジョアンがディズニーに来ることはないだろう
   元に戻ればカミュともお別れだ
   カミュ、カミュ、俺ってほんとにいけないことしてる………

たくさんの夢と憧れを乗せて回転木馬は回り続ける。
俺とカミュの夢ももうすぐ終わる。 周りの景色が滲んで見えた。


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